我々は日常生活の中で様々な環境因子に曝されている。大気中または食品等に含まれる化学物質は生体恒常性を乱すことで疾患リスクを上昇させる。特に、喫煙は心疾患やがんをはじめ様々な疾患の危険因子になることが知られている。私たちはこれまでに心不全の増悪化の要因となる心筋細胞の早期老化現象に着目し、心筋ミトコンドリアの過剰分裂が早期老化の引き金となること、この異常分裂がミトコンドリア分裂因子dynamin-related protein 1(Drp1)とアクチン結合タンパク質Filaminとの複合体形成により引き起こされることを見出した。また、マウスへの低濃度メチル水銀曝露がDrp1 タンパク質の624番目のシステイン(Cys624)残基の脱イオウ化修飾を介してDrp1-Filamin複合体形成を促進することで心筋ミトコンドリアの異常分裂を誘導し、心疾患リスクを高めることを明らかにしている。本研究では、親電子物質を多く含むタバコ副流煙がDrp1-Filamin複合体形成を介して心筋細胞の早期老化を誘導するかどうか、その機構がメチル水銀など他の環境因子と同じ(Drp1の脱イオウ化修飾)であるかどうか検証を行った。
 タバコ副流煙を新生児ラット心筋細胞に曝露したところ、ミトコンドリアの異常分裂および細胞老化が誘導された。これはDrp1-Filamin複合体形成を阻害することで抑制されたことから、タバコ副流煙がDrp1-Filamin複合体形成を促進すると考えられた。次にメチル水銀同様にDrp1 Cys624の脱イオウ化修飾がタバコ副流煙によるミトコンドリア異常分裂に関与しているかについて検討を行った。Drp1 Cys624に変異を加えた変異体ではタバコ副流煙によるミトコンドリア分裂が阻害されると共に、タバコ副流煙によりDrp1の脱イオウ化が確認された。以上の結果から、タバコ副流煙曝露による心筋早期老化および頑健性低下にDrp1-Filamin複合体形成を介したミトコンドリア異常分裂が関与することを明らかにした。また、Drp1のCys624がタバコ副流煙の機能修飾部位となることが示唆された。