【目的】 Yes-associated protein 1(YAP)は、Hippoシグナル伝達経路の下流で働く主要な転写共役因子であり、細胞の増殖・生存・エネルギー代謝等を制御する。本研究では、YAPが心筋細胞のエネルギー代謝に与える影響を、初代培養新生仔ラット心室筋細胞(NRVM)を用いて検討した。
【方法】 NRVMにLacZ(Ad-LacZ)又はFLAG-YAP(Ad-YAP)発現アデノウィルスベクターを感染させ無血清培地で6日間培養した後、各解析を行った。Ad-YAPは、Ad-LacZに比べ約3倍YAPの発現量を増加する量を用いた。解糖能とミトコンドリア機能は、Seahorse Extracellular Flux Analyzerでそれぞれ細胞外酸性化速度と酸素消費速度を測定することで評価した。
【結果】 YAPの過剰発現は、解糖能のパラメーターであるBasal glycolysis、Glycolytic capacity、Glycolytic reserve capacityを有意に増加した。YAPが糖代謝関連遺伝子群を誘導した可能性を考え、定量PCR法とWestern blot法でこれらの発現レベルを検討した。YAPの過剰発現は、多くの解糖系関連遺伝子のmRNA量とタンパク質量を有意に増加した。中でもYAPは、Glucose transporter 1(Glut1)のmRNA量を1.9倍、タンパク質発現量を3.2倍増加し、最も強く誘導した。次に、10 mMグルコース条件および10 mMグルコース + 1 mMピルビン酸条件の培地でMito stress testを行い、ミトコンドリア機能を評価した。10 mMグルコース条件では、YAPの過剰発現は、ATP産生関連呼吸を有意に増加したが、最大呼吸と予備呼吸能を有意に低下した。一方、10 mMグルコース + 1 mMピルビン酸条件では、これらのYAPの効果は完全に消失した。この結果は、YAPが解糖系の亢進を介してグルコース酸化を増加させたことを示唆する。また、YAPの過剰発現は、酸化的リン酸化複合体Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴを構成する遺伝子のmRNA量をそれぞれ有意に増加したが、タンパク質量は複合体Ⅱのみ有意に増加した。
【結論】 心筋細胞におけるYAPの過剰発現は、解糖系関連遺伝子群の発現を誘導して解糖系を亢進することが示唆された。この解糖系の亢進は、ミトコンドリアにおいてグルコース酸化を介したATP産生に寄与することが示唆された。