【目的】乳癌は、癌幹細胞と呼ばれる幹細胞の性質を持った細胞が自己複製と分化を繰り返して形成される。癌幹細胞は薬剤に対する高い抵抗性を持っているため、癌の転移や再発に関与すると考えられる。したがって、癌を根治するためには、癌幹細胞を標的とした新たな治療法の開発が必要であり、癌幹細胞の増殖機構の解明は標的分子の同定に重要である。近年、Rasなどのがん遺伝子によって癌の増殖や進行に関わる分子の翻訳が選択的に亢進していることが報告され、癌における翻訳制御の重要性が示唆される。我々は、これまでに癌幹細胞マーカーであるアルデヒド脱水素酵素(ALDH)を用いて乳癌細胞株からALDH陽性細胞を単離し、RNA-seqにより遺伝子発現を解析した。その結果、翻訳制御因子XがALDH陽性細胞に高発現しており、乳癌幹細胞の増殖を誘導することを見いだした。そこで、本研究では翻訳制御因子Xの臨床的意義について検討した。
【方法】乳癌患者のシークエンスデータはRNA-seqのデータベース (The National Center for Biotechnology Information) から取得した。各遺伝子の発現量を遺伝子解析プログラムのTophatおよびcufflinksを用いて算出した。乳癌患者の予後の解析は、癌患者のデータベース (The Cancer Genome Atlas) から取得したデータを用いて生存曲線を作成し比較した。
【結果】まず、乳癌患者の癌組織と正常組織、前癌病変のシークエンスデータを解析した。その結果、癌組織における翻訳制御因子Xの発現は正常組織および前癌病変よりも高いことが示唆された。次に乳癌のサブタイプとの関連について検討した。悪性度の高いトリプルネガティブ型の乳癌患者で、翻訳制御因子Xの発現が最も亢進していることが示唆された。さらに、カプラン・マイヤー法により生存曲線を作成したところ、翻訳制御因子Xの発現量が高い患者は予後が不良であった。
【結論】以上の結果から、in vitroの結果で得られた乳癌幹細胞の増殖制御因子は臨床的にも重要であることが示唆された。