【目的】アントラサイクリン系の抗がん剤であるDoxorubicin (DOX) は、乳がん、消化器がん、骨肉腫など幅広い悪性腫瘍に適応があるが、心筋細胞のアポトーシスを引き起こすことによって不可逆的な心毒性をもたらすが報告されており、悪性新生物患者の生命予後やQOLを低下させる要因となっている。当研究室が保有している天然物ライブラリー用いてスクリーニングを行い、紫菊花抽出物Chrysanthemum morifolium extract (CME)に着目した。近年、CME が抗酸化作用や抗炎症作用など様々な生理活性を有しているが、DOX誘発性心毒性への効果は不明である。そこで本研究では、DOXの心毒性に対するCMEの効果を検討することを目的とした。
【方法・結果】ラット心臓由来H9C2細胞にCME 0.3, 1 mg/mLで処理し、2時間後にDOX 1 µMを加えることで細胞傷害を誘導した。培養24時間後にWST assayを行うことで細胞生存率を評価した結果、DOX刺激により細胞生存率は29%まで低下したが、CME 1 mg/mLによる前処理は細胞生存率を75%まで有意に改善した。一方、ヒト乳がん細胞であるMDA-MB-231細胞に対して同様にCMEによる処理とDOX刺激を行った結果、DOX刺激により減少した腫瘍細胞の生存率にCMEは影響を及ぼさなかった。またウエスタンブロットによって、DOXにより増加したアポトーシス関連タンパクであるp53, リン酸化p53, cleaved caspas-9, cleaved caspase-3の発現量は、CME処理により有意に抑制された。次にin vivoで検討を行うため、8週齢のC57BL/6J雄性マウスにVehicle及びDOX 20 mg/kgを単回腹腔内投与することで心不全モデルマウスを作成した。これらのマウスをVehicle群、DOX群、DOX + CME 400 mg/kg/day群の3群に割り付け、DOX投与の2日前から15日間、CME 400 mg/kg/day の連日経口投与を行った。生存率を検討したところ、CMEはDOXによる生存率の低下を有意に改善した。またDOX投与後7日目に心臓超音波検査を行ったところ、DOXによって減少した左室内径短縮率、左室駆出率をCMEは有意に改善した (p <0.01)。 その後、単離した心臓から薄切切片を作成しTUNEL染色を行ったところ、DOXにより増加したTUNEL陽性細胞をCMEは有意に減少させた。
【考察】本研究より、CMEがDOXの抗腫瘍活性を阻害することなくCMEがDOX誘導性の細胞傷害及び心機能低下を抑制することが示された。今後CMEのDOX誘導性心毒性抑制作用についてより詳細なメカニズムの検討を行うことで、心不全の新規治療薬の開発につながることが期待される。