【目的】心筋梗塞や高血圧などのストレスが心臓に加わると、心臓は代償的に肥大するが、これは限度のある代償機構であるため、最終的には破綻し心機能の低下した心不全へと至る。この過程で、個々の心筋細胞の肥大が観察されることから、心筋細胞肥大を抑制することは心不全の予防・治療のターゲットになると考えられる。そこで、心筋細胞肥大を指標に天然抽出物ライブラリーからスクリーニングを行い、褐藻類であるツルアラメ抽出物 (Ecklonia stolonifera okamura extract: ESE) に着目した。本研究では、ESEが心筋細胞肥大反応抑制作用および心不全モデルラットにおける心不全進展抑制作用をもつかどうか検討した。
【方法・結果】1-3日齢ラットの心臓から初代培養心筋細胞を播種し、24時間後にESEで処理した。処理2時間後にフェニレフリン (PE) 刺激を行うことで心筋細胞肥大を誘導した。刺激48時間後にα-actinin抗体による蛍光免疫染色を行い、細胞面積を測定した。さらに定量的逆転写PCR 法により肥大反応遺伝子であるatrial natriuretic factor (ANF) , brain natriuretic peptide (BNP) のmRNA量の測定を行った。また、ヒストンの回収を行い、ヒストンH3K9のアセチル化をWBにて評価した。最後にIn vitro HAT Assayにより、ESEが直接p300のヒストンアセチル化酵素活性 (HAT) を抑制しているか検討を行った。PE刺激により増加した心筋細胞面積、ANF, BNPのmRNA量、H3K9のアセチル化をESE (1000 µg/mL) は濃度依存的に抑制した。In vitro HAT AssayによりESEはp300のHAT活性を直接抑制し、IC50は505 µg/mLであった。次にin vivoでの効果を検討するために、SDラットに左前下行枝血管を結紮する心筋梗塞 (MI) 手術を行い、術後1週間後に左室内径短縮率 (FS) が40%以下のラットをランダムに群分けし、Vehicle、ESE (0.3 g/kg) 、ESE (1 g/kg) を8週間連日経口投与した。術後9週間において、ESE投与群ではMI手術により低下したFSや肥厚した左室後壁厚を有意に改善した。また、MIにより増加した個々の心筋細胞の肥大や血管周囲の線維化、心肥大反応遺伝子および線維化遺伝子の転写活性、ヒストンH3K9のアセチル化はESE投与により有意に抑制された。
【考察】本研究により、ESEは核内に存在するp300によるヒストンH3K9のアセチル化を抑制することで、心筋細胞の肥大を抑制し、心筋梗塞後の心機能の低下を抑制することが示唆された。今後、詳細な検討を進めていくことでESEを用いた新規心不全治療薬の開発が期待される。