オキシトシンは脳の高次機能や精神機能の発現に重要な役割を担っているペプチド性神経伝達物質の一種だが、その分子量は非常に小さく通常の蛍光標識による可視化が困難なため、脳内における動態や作用部位などの多くは明らかになっていない。ここで、炭素三重結合からなるアルキンは、非常に小さなタグで、標的分子本来の性質をほとんど変えることなく可視化することが期待できる。そこで本研究では、ペプチド性神経伝達物質一般に広く適用できる新規プローブ法としてのアルキンタギング法の確立と、その手法を用いたオキシトシン模倣プローブの開発と応用に取り組んだ。
はじめに、アミノ基を標的とするNHSアルキン用いたアルキンタギング法の開発、およびアルキンオキシトシンの合成に取り組んだ。ここから、オキシトシンとアルキンが1対1で結合したアルキンオキシトシンの合成に成功した。このアルキンオキシトシンを脳組織に適用したところ、海馬に顕著なシグナルを認めた。このシグナルは無標識オキシトシン・バソプレッシンによる競合により有意に減少し、また、オキシトシン受容体との高い共局在が示された。これらの結果より、アルキンオキシトシンは、内在性のオキシトシンと非常に近い挙動を示す模倣プローブとして機能することが確認された。
次に、このプローブを用いたオキシトシンの脳組織内での挙動の解析を行った。アルキンオキシトシンと細胞マーカーとの共染色により、細胞外に投与されたオキシトシは海馬において主に成熟神経細胞と反応し、その中でも特にhilusの領域では、苔状細胞やGABA産生神経細胞と反応することが明らかになった。また、パルスチェース実験により細胞外に投与されたオキシトシンは細胞内に取り込まれず、細胞表面の受容体に結合することが示唆された。現在、この新たなプローブを用いてオキシトシンの動態解析を更に進めると共に、他のペプチドへの応用研究を進めている。