【目的】心的外傷後ストレス障害(PTSD)等、恐怖記憶関連疾患の治療法の一つである暴露療法は、恐怖記憶の消去学習に基づいたものであり、有効性が認められているものの、患者の負担が大きいため、新たな治療法の開発が求められている。消去学習促進作用を示すD-cycloserineは、暴露療法補助薬として期待されているが、消去学習促進作用に加えて、恐怖の増強につながる再固定化と呼ばれる過程をも促進するため問題となっている。我々はこれまでに、選択的オピオイドδ受容体(DOP)作動薬KNT-127が消去学習促進作用を示すことを報告してきた。そこで本研究では、DOP作動薬の恐怖関連疾患治療薬としての有効性を検証するため、恐怖記憶の再固定化に対するKNT-127の作用について検討を行った。
【方法】C57BL/6Jマウス(7-8週齢)を用いて文脈的恐怖条件づけ試験を行った。〈1日目:条件づけ〉実験箱内で電気刺激(0.8 mA, 2 s, 3回)を与え、条件づけを行った。〈2日目:想起〉1日目と同じ実験箱へ2分間再暴露し、恐怖記憶を想起させた。薬物(KNT-127およびSNC80:1, 3, 10 mg/kg)は再暴露直後に皮下投与した。〈3日目:テスト〉恐怖記憶の程度を評価するため、実験箱へ2分間再暴露した。恐怖記憶の程度はすくみ行動時間を指標に評価した。
【結果・考察】KNT-127投与により、3日目のテストにおけるすくみ行動率が濃度依存的かつ有意に低下した。この作用はDOP拮抗薬Naltrindole (NTI)の前処置により消失した。一方、SNC80投与では3日目のテストにおけるすくみ行動率は変化しなかった。以上の結果より、KNT-127はDOP受容体を介して恐怖記憶の再固定化を阻害すること、SNC80は再固定化に影響しないことが示唆され、選択的DOP作動薬の再固定化に対する作用はその母骨格により異なる可能性が考えられた。これまでの知見を合わせると、KNT-127は消去学習を促進するだけでなく、再固定化を阻害するという特徴的な薬効を示す。このことから、KNT-127をリードとする化合物は、恐怖関連疾患に対する暴露療法において、D-cycloserineのような副作用をもたない新規治療薬候補として有用である可能性が考えられる。