炎症性腸疾患(IBD)は免疫異常を伴う慢性炎症性疾患であるが、その病因は解明されていない。これまでに、IBD患者の腸管組織においてプロスタグランジン(PG)E2の生合成系の最終段階で働く膜型PGE合成酵素-1(mPGES-1)の発現を認めることが報告されているが、その役割の詳細は不明であった。そこで本研究では、IBD病態におけるmPGES-1の役割を解明することを目的として、IBDに類似した腸炎病態を呈するデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発腸炎モデルならびにmPGES-1欠損マウスを利用して検討をおこなった。DSS投与後のmPGES-1欠損マウスでは野生型マウスに比べて、著しい体重減少と下痢・血便症状の増悪を認めた。また、組織学的にも腸炎を誘発したmPGES-1欠損マウスの大腸では、野生型マウスよりも重度の粘膜障害と筋層の肥厚、病変部位への顕著な炎症性細胞の浸潤を認めた。腸炎を誘発した野生型マウスの大腸において、mPGES-1発現とPGE2産生は共に増加したが、一方でmPGES-1欠損マウスの大腸ではPGE2産生能は減弱した。さらに、免疫組織化学染色法で大腸におけるmPGES-1の局在を解析したところ、粘膜上皮細胞ならびに炎症部位に集積する浸潤細胞がmPGES-1抗体に陽性となり、これらの部位にmPGES-1が発現することが示唆された。次いで、腸管の免疫系に着目した解析を行ったところ、IBDの増悪因子とされるインターロイキン(IL)-17Aおよびインターフェロン(IFN)g の発現がDSS投与後のmPGES-1欠損マウスの大腸で顕著に増加していた。また、腸炎を誘発したmPGES-1欠損マウスにおいては、腸管免疫系において中心的な役割を果たす大腸粘膜固有層単核細胞中のTh17/Th1細胞が増加していた。一方、CD4抗体の投与によってCD4陽性Th細胞を枯渇化したmPGES-1欠損マウスでは、CD4陽性Th細胞を有するmPGES-1欠損マウスに比べて、大腸におけるIL-17AとIFNgの発現の減弱を伴ってDSS投与後の腸炎病態が有意に軽減した。本研究によって、mPGES-1が大腸におけるPGE2産生の大部分を担うことが明らかとなり、mPGES-1/PGE2系がTh17/Th1免疫系を抑制的に制御することで、腸炎病態に対して保護的に働くことが示唆された。