【目的】胎児の発育のためにガス交換やホルモン産生をおこなう胎盤絨毛は、単核の細胞性栄養膜細胞と多核の合胞体栄養膜細胞からなる2層で構成されている。絨毛表面を覆う合胞体栄養膜細胞は、内側の細胞性栄養膜細胞がcAMPシグナルなどの活性化により分化・融合して形成され、妊娠維持に不可欠なヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)やプロゲステロン(P4)分泌を産生する。栄養膜細胞の分化異常による胎盤形成不全は、妊娠高血圧症候群や子宮内胎児発育不全と関連する。主にテストステロンを高活性型のジヒドロテストステロンに変換する5α-還元酵素は、脳内においてもP4代謝に関与することが報告されている。我々はこれまでに、ヒト子宮内膜細胞においても5α-還元酵素がP4の代謝に関与することを確認している。しかし、胎盤におけるP4代謝と5α-還元酵素の関係は不明である。本研究では、胎盤栄養膜細胞の分化を再現できる絨毛がん細胞(BeWo)を用いて5α-還元酵素を介したP4代謝経路の存在意義について検討した。
【方法】BeWo細胞にcAMPによる分化刺激を加え、hCGサブユニット(CGA, CGB)、P4 合成関連酵素(CYP11A1,HSD3B)、細胞融合因子(ERVFRD-1)の発現に対する5α-還元酵素阻害薬であるデュタステリドの効果を検討した。さらに、5α-還元酵素阻害薬の処置またはI型及びⅢ型5α-還元酵素をコードするSRD5A1SRD5A3のノックダウン後、P4を添加し、2日培養後に培養液中に残存するP4量をELISAにて測定した。
【結果】BeWo細胞への分化刺激は、SRD5A1SRD5A3発現を顕著に減少させた。デュタステリドは、分化刺激によるhCGサブユニット、CYP11A1、HSD3B、ERVFRD-1 の発現を増強し、培養液中のhCG分泌も増加させた。さらに、BeWo細胞において5α-還元酵素阻害薬及びI型及びⅢ型のノックダウンは、P4代謝を抑制した。
【考察】栄養膜細胞の分化過程において、5α-還元酵素の発現制御によりP4異化能が低下することが示唆された。この機構は、子宮胎盤ユニットにおいて妊娠維持に役割をもつP4の効率的な作用発現に寄与することが考えられる。