【背景と目的】
オルガノイドは、自己複製及び自己組織化が可能な幹細胞由来の3次元細胞集団である。生体内臓器と同様の構造や機能、遺伝学的特徴を有することから、様々な医学研究や個別化医療に応用されている。当研究室では、膀胱がん罹患犬の尿を用いて膀胱がんオルガノイドの培養法を確立し、膀胱がんの新たな実験モデルとしての活用や各個体の抗がん剤感受性の効果判定に有効であることを明らかにしてきた(Elbadawy & Usui et al., Cancer Science, 2019)。しかしながら、健常犬に由来する正常膀胱オルガノイドは未だに確立されていない。そこで、尿路感染や腫瘍化を再現する実験モデルとしての応用を目的として、イヌ正常膀胱オルガノイドの作製を試みた。
【材料と方法】
尿道カテーテル法を用いて膀胱粘膜を軽く掻把した後に採尿することにより、低侵襲的に健常犬の膀胱粘膜細胞を回収した後に、オルガノイド培養を行い、最適な培養液成分を探索した。また、作製したオルガノイドを用いて細胞マーカーの発現観察や電子顕微鏡像による構造の確認を行った。加えて、病理組織学的な構造解析やフローサイトメトリー、培養液成分の検討、RNAシークエンスを用いたイヌ膀胱がんオルガノイドとの比較解析を行った。
【結果と考察】
作製したオルガノイドは、細菌のコンタミネーションもなく、安定した増殖を示し、球状の形態が観察された。また、尿路上皮の層構造の再現およびCK7やUPKIIIAなどの尿路上皮マーカーの発現が観察された。さらに膀胱がん罹患犬の尿中細胞から作製したオルガノイドとは異なる病理組織像や構成細胞の割合、培養液成分への依存度、遺伝子発現が観察された。以上の結果から、カテーテル法を用いて非侵襲的に作製したイヌ正常膀胱オルガノイドは、イヌ泌尿器疾患の再現やより詳細な病態の解明に向けた貴重な実験モデルとなる可能性が示された。また、イヌ膀胱がんの診断や治療、予防に関する新たな知見を得られることが考えられる。