脳を構成する多種多様な神経細胞は、存在する脳領域や機能に応じて固有の発火特性を示す。こうした神経細胞同士がシナプス結合により精巧なネットワークを形成することで、我々の多彩な脳機能がもたらされている。近年のスライス標本や培養細胞を用いたin vitro実験から、個々の神経細胞のもつこれらの特性は、それぞれの遺伝子発現と関連することが示唆されている(Zeisel et al. 2015, Cembrowski et al. 2018)。しかし、実際に生きた動物脳の中で活動する神経細胞の発火特性と、それらの遺伝子発現パターンの対応付けはなされていない。本研究では、この課題に対し、生きた動物脳の神経活動の生理計測と、遺伝子発現解析を融合するための新しい実験法の開発を目的とした。雄性のC57BL/6J マウス(21-35 日齢)にウレタン麻酔(1.5 g/kg-weight)を腹腔内投与したのち、ガラス電極(12-30 MOhm)を用いて単一細胞の発火活動を記録した。記録終了直後に、電気パルスを印加することで電極内に充填した蛍光分子(Alexa 594 hydrazide)を記録細胞内に導入した。その後、脳を取り出しPFA固定などを行わない急性スライスを作成することで、記録した神経細胞を生きたままの状態で同定した。顕微鏡下において急性スライスからガラスピペット(先端径1-2 µm)を用いて神経細胞を回収し、単一細胞RNAシーケンス法を行うことで神経細胞のもつ遺伝子発現プロファイルを解析した。我々の開発した実験法により、多様な脳領域において、様々な行動と関連する神経細胞の発火特性と遺伝子発現を紐づけることが可能となる。本手法で用いたガラス電極による電気生理記録法は自由行動下に適用可能であることが報告されており(Tang et al. 2015)、今後は様々な感覚刺激や行動を表象する神経細胞の遺伝子発現パターンの解明を目指す。