【背景と目的】
アフェレーシスは遠心分離によって循環血液から単核球や血漿など目的成分を分離する装置であり、人医療において幅広い症例で用いられているが、獣医療では実用化されていない。単核球の比重はがん細胞に近いため、転移がん罹患動物にアフェレーシスを行うことで、血中循環腫瘍細胞(CTC)を採取し、新たな診断マーカーの探索や治療法の開発につなげられるのではないかと考えた。そこで本研究では、健常犬での最適なアフェレーシス条件を検討した後に、アフェレーシスを用いて犬からCTCの回収が可能かを検討することを目的として実験を行った。
【方法】
健常犬2頭を用いてアフェレーシスを実施した。1x107個のヒト乳がん細胞株MCF-7を撓側皮静脈に注入し、単核球バッグに回収した細胞を培養し、免疫蛍光染色を用いて上皮細胞マーカーの発現を観察した。その後、アフェレーシス前後のMCF-7を用いて、細胞の形態、上皮間葉転換(EMT)マーカーの発現量、細胞増殖能、細胞浸潤性、抗がん剤感受性およびin vivoにおける腫瘍形成能について比較解析を行った。
【結果】
アフェレーシスによって回収した細胞の形態は間葉系細胞様の紡錘状に変化し、上皮系マーカーE-cadherin発現の減少および間葉系マーカーN-cadherin発現の増加が認められた。また、アフェレーシス後のMCF7は、より高い増殖能と浸潤性を示した。4種の抗癌剤に対する薬剤感受性はアフェレーシス前後で異なる結果となった。In vivoにおける腫瘍増殖性は、移植後25日目までアフェレーシス後のMCF-7で有意に増加していたが、やがて縮小傾向が観察され、移植後34日目の腫瘍摘出時にはアフェレーシス後のMCF-7を移植した4例中2例で腫瘍が消失していた。
【考察】
これらの結果から、犬を用いたアフェレーシスによってがん細胞の回収および再培養が可能であることが明らかになった。さらに、がん細胞が血液を循環する際にEMTが引き起こされることや薬剤感受性が変化する可能性が示唆された。今後、アフェレーシスを利用したCTC採取の研究を進めるうえで、回収されたCTCがEMTにより形質や機能に変化が生じている可能性を考慮する必要性が示唆された。