【目的】近年、世界的に新薬開発コストが増加する中、既存薬を再利用するドラッグリポジショニング戦略は低コスト・効率的な手段として注目されている。我々は、既に承認されている医薬品を用いてフェニレフリン(PE)による心筋細胞肥大抑制効果に対するスクリーニング研究を行ったところ、心不全治療薬の候補としてセロトニン5-HT2A受容体拮抗薬である抗血小板薬サルポグレラートを見出した。本研究では、サルポグレラートの心筋細胞肥大抑制メカニズム及び心不全に対する効果について検討を行った。
【方法と結果】初代培養心筋細胞に1 µMのサルポグレラートを前処理し、2時間後に各種肥大刺激剤を用いて心筋細胞肥大を誘導した。抗MHC抗体を用いた蛍光免疫染色および細胞面積測定の結果、1 µMのサルポグレラートはPEやアンジオテンシンII、エンドセリン1による心筋細胞面積の増加をいずれも抑制した。次にPE刺激に着目し、サルポグレラートの心筋細胞肥大抑制メカニズムについて検討を行った。定量的PCRの結果、PE刺激によりセロトニン合成酵素であるtyrosine hydroxylase-1やtyrosine hydroxylase-2のmRNA量は変化しなかった。同様に、PE刺激により5-HT2A受容体のmRNA量及びたんぱく質レベルは変化しなかったが、1 µMのサルポグレラートはPEによるERK1/2及びGATA4のリン酸化を抑制した。最後に、C57/BL6Jマウスに大動脈縮窄術 (TAC) を施して心不全を誘導した。手術翌日より、TACマウスに溶媒(水)、1 mg/kgまたは5 mg/kgのサルポグレラートを連日経口投与した。心不全期である8週目の心臓超音波検査の結果、5 mg/kgのサルポグレラートはTACによる左室後壁厚の肥厚及び左室内径短縮率の低下を抑制した。H&E染色およびMT染色による組織学的解析の結果、5 mg/kgサルポグレラートはTACによる心筋細胞面積の増加及び血管周囲の線維化を抑制した。定量的PCRの結果、5 mg/kgのサルポグレラートは肥大反応遺伝子であるANF及びBNPのmRNA量の増加を抑制した。また、ウエスタンブロッティングの結果、5 mg/kgのサルポグレラートはTACによるERK1/2やGATA4のリン酸化を有意に抑制した。
【結論】本研究より、サルポグレラートは5-HT / 5-HT2A受容体を介さずにERK1/2-GATA4シグナル経路を抑制することで心肥大及び心不全の進展を抑制することが判明した。ドラッグリポジショニングにより、安全性の確認されたサルポグレラートが新規心不全治療薬となることが期待される。