【目的】感染に起因する多臓器不全を敗血症とよぶ。敗血症での生存率は、臨床において女性は男性よりも高い。また敗血症モデル動物においてもメスの生存率がオスよりも高い。我々は以前、敗血症動物モデルの一つ、高内毒素血症マウスにおいて、骨格筋が炎症性サイトカイン分泌を起こし、筋萎縮・筋力低下を呈すことを報告した(Ono, Sakamoto et al, Sci Rep 2020)。また最近、敗血症時の骨格筋サイトカイン産生量がメスマウスにおいて多く、これが敗血症性差の要因だと考えられている(Laitano et al, Sci Rep 2021)。この性差の要因として、女性ホルモンである17β-エストラジオール(E2)の関与が考えられるが、詳細は明らかになっていない。本研究では、敗血症性差の発現機序を解明するため、骨格筋炎症反応へのE2の作用を検討し、そのメカニズムを解析した。
【方法】敗血症モデルマウスでの骨格筋炎症反応へのE2の作用を検討するため、卵巣切除(OVX)マウスに浸透圧ポンプでE2を投与し、2週間後に盲腸結紮穿孔術(CLP)で敗血症を発症させた。筋力は握力測定及び摘出長趾伸筋収縮力で評価した。In vitro解析ではマウスC2C12細胞由来筋管(C2C12筋管)を用いてリアルタイムPCRでmRNAを定量解析した。C2C12筋管のサイトカイン産生は培養上清のサイトカイン量をELISA法により測定した。
【結果】敗血症(CLP)マウスではE2投与群において前肢握力低下が有意に緩和された。摘出長趾伸筋収縮力もE2投与群で有意に高かった。C2C12筋管では、E2処置により内毒素(LPS)誘発性TNFα mRNA発現誘導および分泌量が有意に抑制された。一方IL6のmRNAの発現量は変化しなかった。E2による抗炎症作用には、他の細胞種においてエストロゲン受容体β(ERβ)/Nrf2経路の関与が報告されている。しかし、ERβ阻害薬PHTPPはE2の抗炎症作用を抑制しなかった。また、Nrf2により転写調節をうけるHO-1のmRNA発現量を調べたが、E2による有意な変化はなかった。
【考察】骨格筋の敗血症誘発性炎症反応はメスの方で高いことが報告されている。しかし本研究では、E2は敗血症モデルマウスの筋収縮力低下とC2C12筋管におけるLPS誘発性炎症性サイトカイン誘導を抑制した。これらの結果は予想とは逆であり、骨格筋の敗血症誘発性炎症反応における性差は性ホルモンによるものではなく性染色体が関与する可能性が示唆された。本研究でE2は敗血症時に抗炎症作用を介した筋保護への関与が示された。その機序はERβ/Nrf2経路に非依存的であり、E2の新規作用標的の存在が考えられる。