【目的】糖尿病性合併症は血管内皮機能の損傷による血管機能障害が原因とされている。血管機能障害の要因の一つとして、細胞膜から放出される膜小胞であるマイクロパーティクル (MPs) が挙げられる。近年、当研究室は糖尿病時に血小板から産生される MPs には Extracellular Signal-regulated Kinase 1/2 (ERK1/2) が含まれ、その MPs が血管機能障害を引き起こすことを報告している。そこで今回、ERK1/2 阻害剤である PD98059 (PD) を糖尿病モデルマウスに投与することにより、産生される MPs の質的および機能的な変化を検討した。
【方法】Streptozotocin 誘発糖尿病マウス (DM)、PD を腹腔内投与した DM マウス (DMPD) および対照マウス (Cont) より胸部大動脈 (Aorta) を摘出し血管反応を検討した。また、各群のマウスの動脈血より MPs を作成し、MPs 中に含有されるタンパク量を測定した。これら MPs を Aorta に処置し血管反応の検討および処置後の血管におけるタンパク量を測定した。
【結果】DM 群で認められた内皮依存性血管弛緩反応の減弱は、DMPD 群ではみられず、DM 群による PD 投与は血管機能障害を改善させる可能性が示唆された。そこで、DM 群または DMPD 群より作成した MPs (DM MPs または DMPD MPs)を Cont 由来の Aorta に処置し内皮依存性血管弛緩反応を検討したところ、DM MPs 処置では減弱したが、DMPD MPs 処置では Cont 群と変化が見られなかった。ところが、DM 群の Aorta に直接 PD を処置しても反応は減弱したままだった。そのため、PD の作用点が血管ではなく MPs にあったのではないかと考え、MPs 中のタンパク発現を検討したところ、DMPD MPs は DM MPs と比較し ERK1/2 発現量は増加したままだが、その活性が減少していた。さらに、DM MPs 中で発現の増加がみられた NO 合成酵素 (eNOS) も、DMPD MPs では Cont MPs と同量となった。内在するタンパク質の変化という質的変化が生じた MPs が血管へどのように影響を与えているか検討するため、これら MPs を血管に処置したところ DM MPs 処置では血管の ERK1/2 発現量が増大していたが、DMPD MPs 処置では増加はみられなかった。また、eNOS 発現量は DM MPs 処置で減少し、DMPD MPs 処置では eNOS 発現の減少はみられなかった。
【考察】ERK1/2 阻害薬投与は糖尿病時の血管機能障害を改善させる可能性が示唆された。そのメカニズムとして、ERK1/2 阻害剤投与は MPs の産生量に影響を与えることなく、ERK 活性を抑えた MPs を放出し、血管内における MPs 誘発 eNOS 含有 MPs 放出を抑制することで血管機能の改善に貢献したと考えられた。