糖尿病性心筋症は冠動脈病変を伴わない糖尿病に合併する心機能障害と定義される。その病態の特徴として、早期に拡張機能障害が認められ、代償機構を通じて心不全に至る臨床経過をたどる。心室筋細胞におけるCa2+シグナル制御の破綻が左室拡張不全の原因のひとつと考えられているが分子機序は不明な点が多い。そこで我々はCa2+シグナル制御破綻の機序解明を目的として、streptozotocin(STZ)誘発1型糖尿病(T1DM)モデルマウスの解析を行った。STZ投与4週後における心エコーによる解析で、拡張機能が低下していた。一方、左室駆出率の低下は認められなかった。なお、この時点で心室の線維化ならびに炎症性細胞の浸潤は認められなかった。次に心室におけるCa2+シグナル制御関連分子の発現を解析した。T1DMマウス心室ではjunctophilin-2(Jph2)のmRNA発現レベルと蛋白発現量がコントロールマウスに比較して有意に低下していた。一方、電位依存性L型Ca2+チャネルCaV1.2、リアノジン受容体RyR2、SERCA2の蛋白発現量は変化がみられなかった。これらの蛋白質の心室筋細胞における細胞内局在を検証したところ、コントロールマウス心室筋細胞ではT管膜と筋小胞体膜の接合膜構造へCaV1.2とJph2が高度に集積していたのに対して、T1DMマウス心室ではそれらの集積性が低下し接合膜構造以外にも散在していた。T1DMマウスの糖尿病性心筋症早期ステージにおけるインスリンシグナルの寄与を明らかにするために、STZ投与1週間後からインスリン徐放性ペレットを皮下投与したところ、心筋拡張能およびJph2発現量が回復した。さらに、インスリン投与によりT1DMマウスのJph2および CaV1.2の接合膜への集積がコントロールマウスと同等レベルまで回復した。以上の結果から、1型糖尿病モデルマウスの糖尿病性心筋症早期において、心室筋の線維化ならびに炎症性細胞の浸潤に先行してJph2の転写レベルでの抑制が進行しており、Jph2発現低下を引き金としてCa2+シグナル制御分子の局在異常が引き起こされると考えられる。1型糖尿病に起因した糖尿病性心筋症早期ステージにおいて、インスリンシグナル低下により接合膜構造を起点としたCa2+シグナル制御の破綻が拡張機能障害をもたらすことが示唆された。