【目的】
心臓への慢性的なストレスは心筋細胞を肥大させ、最終的には心不全へと至る。そのため、心筋細胞肥大を抑制することが心不全の予防、治療につながると考えられる。当研究室では、ヒストンアセチル化酵素 (HAT) 活性を有する核内転写コアクチベーターであるp300が心不全進展に関与し、p300-HAT活性は心不全治療のターゲットになることを報告している。心肥大抑制効果のある天然由来化合物の探索を行い、マグロやカツオなどの回遊魚や鳥類の筋肉に含まれるヒスチジン含有ジペプチドであるAnserineに着目した。本研究では、Anserineの心臓における作用をin vitroおよびin vivoで検討した。
【方法・結果】
ラット初代培養心筋細胞において、10mMのAnserineはフェニレフリン刺激によって亢進する細胞面積、ヒストンH3K9のアセチル化、肥大反応因子のANF、BNPのmRNA量の増加を抑制した。In vitro p300-HAT Assayを行ったところ、Anserineが直接p300のHATを阻害し、そのIC50は1.9 mMであった。
最後に、心不全モデル動物におけるAnserineの効果を検討した。C57BL/6Jマウスに大動脈縮窄術(TAC)を行い、溶媒(0.5% CMC-Na)、Anserine含有製剤(Anserineとして60 mg/kg , 200 mg/kg)の3群に振り分け、8週間の連続経口投与を行った。心臓超音波検査の結果、200 mg/kg Anserine含有製剤では TACによる左室後壁の肥厚や左室内径短縮率の低下を有意に抑制した。また、TACによって増加した心体重比も有意に改善した。さらに心臓薄切切片にHematoxylin-Eosin染色を施し、組織学的解析を行った。その結果、TACにより増加した個々の心筋細胞の肥大をAnserineは有意に抑制した。またTAC手術によって亢進したANF, BNPのmRNA量をAnserineは用量依存的に抑制した。
【考察】
以上から、Anserineは心筋細胞肥大反応および心収縮能低下を抑制することが示唆された。今後、動物でのヒストンアセチル化や線維化を検討することで新規心不全予防薬・治療薬の開発へと繋がることが期待される。