【背景】代理社会的敗北ストレスモデル(ES)マウスは、情動的ストレスのみの慢性曝露によって抑うつ・不安様症状を示すことなどから、妥当性の高いうつ病モデル動物として近年注目を集めている。一方、過敏性腸症候群(IBS)は原因となる器質的疾患がないにも拘らず腸由来の消化器症状を慢性的に呈する疾患で、約半数の患者がうつ病を罹患しているとの報告がある。そこで本研究では、ESマウスにおけるIBS様の消化器症状の有無を検討した。さらに、我々が先行研究において抗うつ・抗不安様作用を見出している選択的δオピオイド受容体(DOP)作動薬KNT-127が、ESマウスのIBS様症状に与える影響について評価を行なった。
【方法】雄性C57BL/6Jマウス(6週齢)に、同種他個体が雄性ICRマウスに攻撃される様子を1日あたり10分間、10日間連続で目撃させることによりESマウスを作製した。腸管蠕動運動能はチャコールミール試験(CMT)、小腸および大腸の器質的変化はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を用いて評価した。IBSの陽性対照薬として桂枝加芍薬湯(1 g/kg、経口投与)を使用した。KNT-127は皮下(10 mg/kg)、脳室内(30 nmol)または島皮質内(0.6 nmol)に投与した。
【結果・考察】慢性ストレス負荷直後および30日後のCMTにおいて腸管輸送率の有意な上昇が認められ、それは桂枝加芍薬湯の投与によって抑制された。一方、小腸および大腸のHE染色では炎症所見および損傷所見は観察されなかった。これらのことから、ESマウスでは腸管蠕動運動機能が慢性的に亢進しており、それが既存のIBS治療薬によって改善することが示された。次に、KNT-127は全身投与、脳室内投与、島皮質内投与のいずれにおいてもCMTにおけるESマウスの腸管輸送率を有意に低下させた。なお、KNT-127は正常マウスの腸管輸送率には影響を与えなかった。以上より、DOPは内臓感覚の最高中枢である島皮質において腸管蠕動運動機能を調節していることが示唆された。
【結論】ESマウスは妥当性を有する下痢型IBSモデル動物となる可能性が示唆された。また、KNT-127が島皮質のDOPを介して中枢性にIBS様症状を改善したため、DOPはうつ病および不安症に加えて、IBS治療の新規創薬ターゲットになり得ると考えられる。