糖尿病患者では精神疾患の罹患率が高いことが報告されているが、糖尿病が精神障害をひき起こす機序は不明である。当研究室ではこれまでに、 streptozotocin (STZ) 誘発糖尿病マウスでは恐怖記憶が増強されることを報告している。中枢において glucose は L-lactate に代謝され、神経のエネルギー源となることが知られている。一方で、 AMP 活性化プロテインキナーゼ (AMPK) はエネルギー調節に関わる酵素であり、 L-lactate によりその活性が抑制されることが報告されている。このことから、 STZ 誘発糖尿病マウスでは高血糖に伴って中枢の L-lactate が増加し、これがAMPK を抑制することにより恐怖記憶が増強される可能性が考えられる。そこで本研究では、中枢の L-lactate や AMPK が糖尿病による恐怖記憶の増強に与える影響について検討した。まず、 STZ 誘発糖尿病マウスにおいて脳内の L-lactate 量が変化するか検討したところ、 恐怖記憶に重要な役割を果たす海馬や扁桃体における L-lactate 量が増加していた。そこで、正常マウスに L-lactate を脳室内投与し恐怖条件付け試験を行ったところ、すくみ行動持続率は L-lactate の用量依存的に増加した。これらの結果から、糖尿病における高血糖により中枢の L-lactate 量が増加し、恐怖記憶が増強することが考えられる。続いて、恐怖記憶における AMPK の役割について検討した。正常マウスに AMPK 阻害薬の compound C を脳室内投与すると、すくみ行動持続率は増加し、この増加は AMPK 活性化薬の AICAR の併用によって抑制された。また、STZ 誘発糖尿病マウスに AICAR を脳室内投与したところ、 STZ 誘発糖尿病マウスにおけるすくみ行動持続率の増加は抑制された。このことから STZ 誘発糖尿病マウスでは脳内 AMPK の活性低下が恐怖記憶を増強することが考えられる。さらに、 L-lactate で見られたすくみ行動持続率の増加は AICAR を併用することにより抑制された。以上のことから、 STZ 誘発糖尿病マウスでは中枢で産生される L-lactate が AMPK を抑制することで恐怖記憶を増強することが示唆された。

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