脊髄損傷は外傷などを契機に、神経系に重篤な障害を引き起こす病態である。症状が現れる原因の一つに神経回路の損傷が挙げられるが、成体の中枢神経系は自発的な再生が困難なため、症状の自然回復は難しいと考えられていた。しかし、個人差こそあるももの脊髄損傷後にも部分的な機能回復が見られ、これは代償的な神経回路が形成されたためと考えられている。この代償的な神経回路の形成機構を賦活化させることができれば、症状が緩和できると期待されている。本研究では、表現型や遺伝子発現に関する複数のデータベースを組み合わせて新規の神経回路形成分子を探索し、その作用をin vitroで検証した。
運動機能と関連する遺伝子を探索することを目的として、OMIMで”motor dysfunction”の情報を含む遺伝子を抽出した。さらにその中で脳での発現が相対的に高い遺伝子をProtein Atlasを用いて探索し、その後に神経細胞で豊富に発現する遺伝子をBrain RNAseqにより探索した。このようにして得た脳の神経細胞で発現が豊富な遺伝子から上位20種類対するsiRNAを、それぞれマウス大脳皮質初代培養系へ導入し、培養後の神経突起長を計測した。その結果、Synaptotagmin 4(Syt4)遺伝子の発現を抑制させた神経細胞で、対照群と比較し突起長が短い様子が観察され、Syt4遺伝子が神経突起の伸長の維持に促進的に作用することが示唆された。Syt4による神経突起伸長の促進作用の機序の解明を目的として、Syt4の発現を抑制した培養大脳皮質神経細胞での遺伝子発現をRNAseqにより解析した。対象群と比較し有意に発現変動する遺伝子に対して、pathway解析(KEGG)を実施したところ、Syt4発現抑制細胞では細胞接着分子やPhosphoinositide 3 kinase (PI3K)シグナルに関わる遺伝子の発現が低下していた。今後、これらの分子群がSyt4による神経突起伸長作用の分子メカニズムを担うか解析するとともに、脊髄損傷モデルでの代償的神経回路形成に対するSyt4遺伝子の機能を解析し、Syt4が新規の神経回路の形成因子である可能性を検証する予定である。