【背景と目的】 緑内障は本邦の中途失明原因の第1位を占め、眼圧下降により病態の進行を部分的に抑制できる疾患として知られている。眼圧は眼房水量で調節されており、毛様体からの産生と、線維柱帯・シュレム管経路/ぶどう膜強膜経路を介した排出により制御される。現在、原発解放隅角緑内障の発症に関して有力な仮説の一つとして、線維柱帯への細胞外マトリックスの蓄積による眼房水の流出阻害が提唱されている。線維柱帯を標的とした治療薬として、唯一 Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase (ROCK) 阻害剤が上市されているが、結膜炎、充血などの副作用が報告されており、新たな機序を有する治療薬の開発が望まれている。そこで本研究では、新規眼圧下降薬の探索を目的として、Activin receptor-like kinase 5 (ALK5) 阻害剤の眼圧制御並びに線維柱帯における細胞外マトリックスへの作用に関して検討を行った。
【方法】 初代培養ヒト線維柱帯細胞を用いてスクリーニングを行い、ウェスタンブロッティング法を用いて細胞外マトリックスの発現変動の評価を行った。初代ヒト線維柱帯細胞にALK5阻害作用を有するSB431542 (終濃度: 0.1~10 µM) を添加し、48時間及び72時間培養後、ウェスタンブロッティング法およびRT-PCR法による細胞外マトリックスマーカー、線維芽細胞活性化マーカーの発現量変化の評価を行った。
8週齢雄性C57BL/6Jマウスに対して、SB431542 (1.0 %, 5 µL) 及びROCK阻害剤であるY-27632 (1.0 %, 5 µL) の点眼処置を行い、非侵襲的眼圧測定器TonoLabを用いて麻酔下において眼圧を測定した。
【結果】 培養ヒト線維柱帯細胞の検討では、SB431542は、fibronectin、α-smooth muscle actin (SMA) タンパク質の発現を減少させ、fibronectin、collagen1のmRNAの発現を抑制した。正常マウスにおいて、SB431542 の点眼は投与後6、12、24時間後に眼圧下降作用 (-1.704±0.466 mmHg, -1.167±0.383 mmHg, -1.044± 0.331 mmHg) を示した。トラフ値を測定した検討においても眼圧下降を認めた。
【結論】 ALK5阻害剤は、点眼により眼圧下降作用を示し、その作用機序の一部に線維柱帯における細胞外マトリックスの産生抑制作用が関与する可能性が示唆された。以上より、ALK5は眼圧制御に対する新規治療標的因子として期待される。