ERK MAPK経路は細胞増殖制御に重要であり、この経路の異常な活性亢進は発がんを招くことが知られている。当研究室では、分裂酵母の遺伝学を駆使した化合物スクリーニングにより、新規抗がん剤リード化合物となるMAPKシグナル調節薬を複数単離している。その一つであるAcetoxy Chavicol Acetateの誘導体ACA-28は、特定のメラノーマおよび膵臓がん由来の細胞において、活性化状態にあるERK MAPK経路をさらに亢進することで細胞死を誘導するというユニークな性質を持つ。本研究では、ACA-28の適応拡大を視野に、ACA-28の細胞死誘導機構の解明、さらには、細胞種によりACA-28感受性が異なる分子的背景の解明を目指して解析を行なった。
 メラノーマ細胞(SK-MEL-28)にACA-28を添加した際の遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイにより解析した。その結果、ACA-28処理により、酸化ストレス応答転写因子Nrf2により誘導される遺伝子群の発現が顕著に上昇した。さらに、ACA-28はNRF2タンパク質量も上昇させた。NRF2は生体が活性酸素種(ROS)に曝露されると、抗酸化関連遺伝子群の転写活性化を介して細胞保護や抗炎症効果を発揮する。そこで、抗酸化剤NACの効果を検証したところ、ACA-28依存的なNRF2タンパク質量の増加が抑制されるとともに、ACA-28により誘導される細胞死が抑制された。これらの結果は、ACA-28がROSを介してNRF2量の上昇と、細胞死誘導効果を発揮していると推測される。そこで、細胞内のNRF2量やACA-28添加時のNRF2の増加が、ACA-28の細胞死誘導効果に影響を及ぼすのではないかと仮説を立て、NRF2の発現上昇と細胞死誘導効果の関係を解析した。6種類のがん細胞由来株を用いて、NRF2タンパク質量とACA-28感受性(IC50)の関係を検証した結果、この2つには相関関係があり、NRF2タンパク質量が多い細胞ほど、ACA-28に耐性を示すことを発見した。さらに、HeLa細胞に対するACA-28の細胞死誘導効果が、NRF-2をノックダウンすることで有意に増強された。以上の結果から、NRF-2による酸化ストレス耐性機構が頑強ながん細胞では、ACA-28によるROSを介した細胞死誘導効果が発揮されにくい可能性が示唆された。