L-type amino acid transporter 1 (LAT1; SLC7A5) は、様々な臓器由来の悪性腫瘍の細胞膜上で高発現し、7種の必須アミノ酸を含む8種の大型中性アミノ酸 (ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン) の取り込みを担う。アミノ酸は、栄養素としてタンパク質合成をはじめとする様々な生化学反応の基質となると同時に、それ自身がシグナル分子として多様な代謝・合成制御に関与し、腫瘍細胞の生存、成長、増殖に寄与している。実際に、LAT1阻害薬によるアミノ酸取込み阻害は、in vitroでの腫瘍細胞増殖抑制作用およびin vivoでの腫瘍増大抑制作用をもたらすことが報告されている。代表的な阻害薬であるJPH203については、抗悪性腫瘍薬としての臨床試験が実施されている。一方で従来の研究では、腫瘍細胞に対するLAT1阻害薬のアミノ酸輸送阻害効果は、輸送基質の一つであるロイシンのみを用いて評価されてきた。また、LAT1阻害薬のタンパク質合成への影響についての検証は、翻訳制御に関与するアミノ酸シグナル経路上の因子のリン酸化変動を指標とした間接的なものであった。そこで本研究は、腫瘍細胞においてLAT1阻害薬の阻害効果をLAT1全基質について検討するとともに、LAT1阻害によるタンパク質合成低下を実証することを目的とした。複数の膵臓癌細胞株におけるアミノ酸輸送測定により、JPH203がLAT1の基質である8種全ての大型中性アミノ酸の取込みを強く阻害することが示された。また、競合するアミノ酸が高濃度で存在する培地中においても、JPH203は大型中性アミノ酸の取込みを強く阻害することを明らかにした。さらに、ピューロマイシンの新規合成タンパク質への取り込み解析 (SUnSET法) と、mRNAとリボソームの結合状態に基づく翻訳活性解析 (ポリソーム解析) により、腫瘍細胞においてJPH203によるLAT1阻害が全般的な翻訳低下をもたらすことを明らかにした。本研究は、LAT1阻害薬の腫瘍細胞増殖抑制の背景にある、大型中性アミノ酸取込みへのLAT1の主要な寄与と、LAT1阻害薬によるタンパク質合成抑制を実証した。本研究の成果は、LAT1の悪性腫瘍治療の標的としての意義をさらに支持するものである。