特発性肺線維症は不可逆的に肺の線維化が進行し、予測できない多様な臨床経過をたどる予後不良の疾患で、新たな治療法の開発は急務である。脂質メディエーターであるスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)とリゾホスファチジン酸(LPA)が増加すると、これらの受容体を介して肺線維化を促進することが明らかになってきた。しかしながら、S1PやLPAレベルを上昇させる分子メカニズムは不明である。本研究では、肺線維化促進因子であるS1PおよびLPAが増加する分子メカニズムについて検討した。抗がん薬ブレオマイシン反復投与肺線維症モデルマウスの肺を用いてDNAマイクロアレイ解析を行い、S1P およびLPAの受容体や代謝酵素の遺伝子変動を検討した。生理食塩水投与群と比較して、ブレオマイシン投与群の肺で両脂質メディエーターの分解活性を持つ脂質リン酸ホスファターゼ 3(LPP3)の遺伝子発現の低下を認め、そのタンパク質発現もブレオマイシン投与群の肺で低下していた。他の脂質リン酸ホスファターゼLPP1やLPP2の肺組織におけるmRNA発現はLPP3と比べて低く、生理食塩水投与群とブレオマイシン投与群の肺で変化は見られなかった。以上の結果から、線維化肺ではS1PとLPAの分解酵素LPP3の肺胞上皮細胞における発現低下がS1PとLPAの蓄積を引き起こし、線維化を促進していることが示唆された。次に、肺を構成するどの細胞でLPP3の発現が低下しているかを検討した。生理食塩水投与群と比較して、ブレオマイシン投与群の肺から単離した肺胞上皮細胞で、LPP3のmRNA発現が低下していた。複数のマイクロRNAがLPP3の発現抑制に働いていることが報告されているが、mir-184の発現がブレオマイシン投与群の肺および肺胞上皮細胞で増加していた。実際にA549細胞をmiR-184で処理したところ、LPP3の発現が抑制された。以上の結果から、ブレオマイシン投与により肺胞上皮細胞でmir-184発現が増加し、LPP3発現が低下したことによりLPAおよびS1Pが増加し、肺線維症の発症・進行に関与することが示唆された。