結核は、世界中で年間約1000万人が罹患し、約140万人が死亡する感染症である。結核の治療は、多剤併用化学療法が基本であり、その治療期間は最短でも6ヶ月を要する。長期間に及ぶ治療によって生じる抗結核薬の不適切な服用や治療の中断は、年々増加する薬剤耐性結核菌発生の温床となっている。そこで、既存の抗結核薬と相加的もしくは相乗的な併用効果を示し、治療期間を短縮できる新規抗結核薬の開発が望まれている。近年、Clustered regularly interspaced short palindromic repeats(CRISPR)干渉の開発によって、新規抗結核薬の標的探索が容易となり、創薬の加速が期待されている。しかしながら、現状ではリード化合物の開発に先立って、既存の抗結核薬との併用効果を明らかにする方法は存在しない。本研究では、複数の抗結核薬による併用効果の予測がCRISPR干渉により可能かを検証した。
検証には、Mycobacterium tuberculosis(結核菌)の近縁で、非病原性かつ速育性を有するMycobacterium smegmatisを用いて、既存の抗結核薬(イソニアジド[INH]、リファンピシン[RFP]、エタンブトール[EMB]、ストレプトマイシン[SM])の2剤間の併用効果をcheckerboard assayにより検討した。相乗効果が認められたのはINHとRFP、RFPとEMBとの併用、相加効果が認められたのはINHとEMBとの併用であった。一方で、INHとSMおよびRFPとSMとの間では併用による効果増大は認められなかった。次に、INHの標的分子であるinhAの誘導発現抑制(KD)株をCRIPSR干渉で作成し、上記薬剤への感受性を検討した。結果は、対照株に比べ、inhAのKD株ではRFPとEMBの最小発育阻止濃度(MIC)が低下し、SMのMICは変化しなかった。一方、RFPの標的分子であるrpoBのKD株では、INHとEMBのMICは低下し、SMのMICは変化しなかった。これらの結果より、checkerboard assayでの2剤の抗結核薬の併用効果は、一方の薬剤の標的分子をCRISPR干渉でKDすることで再現が可能であった。さらに、結核菌の遺伝子配列と99%相同であるMycobacteirum bovis BCGを用いての併用効果の検証を行い、CRISPR干渉の有用性を確認した。
本研究より、CRISPR干渉は新規結核薬の標的分子の探索に加え、その阻害薬が治療期間短縮につながる、既存薬の効果増大をもたらすか否かを予測しうることが示唆された。