【背景】Connexin43 (Cx43) は脳内ではグリア細胞であるアストロサイトに高発現する膜タンパク質であり、従来知られている細胞間分子輸送だけではなく、細胞内情報伝達系にも寄与していることが知られている。うつ病患者の死後脳解析により前頭前皮質や海馬におけるCx43の発現低下が認められており、うつ病態とCx43との関連性が示唆されている。一般的に、抗うつ薬はシナプス間隙でのモノアミン濃度を増加させることで、抗うつ効果を発揮している。しかし、これらの効果は抗うつ薬の投与直後に認められる一方で、治療効果が発現するまでには投与開始時から数週間要することが知られており、モノアミンを介さない作用機序が存在する可能性が考えられている。これまでに当研究室では、うつ病モデルマウスにおいて、海馬Cx43発現量と抗うつ薬アミトリプチリン (AMI) の抗うつ効果には逆相関が認められることを明らかにしている。また培養アストロサイトにAMIを処置すると、リゾホスファチジン酸 (LPA) 受容体1 (LPA1) を介して脳由来神経栄養因子 (BDNF) の発現が増加し、この反応がCx43発現を低下させた培養アストロサイトではさらに亢進することを示し、第140回本会において報告した。今回は、これらの反応に関与するメカニズムについてさらなる解析を行った。
【方法】Wistar系ラット新生仔の大脳皮質より、定法に従って培養アストロサイトを作製した。RNA干渉法により培養アストロサイトにおけるCx43発現を低下させた。BDNF mRNA発現及びタンパク質の発現変化はreal-time PCR及びWestern blottingにてそれぞれ解析した。
【結果】Cx43発現を低下させた培養アストロサイトにおけるAMI誘導性BDNF発現の亢進作用は、Gi/o及びGqタンパク質と共役するLPA1及びLPA3の阻害によって抑制された。また、このBDNF発現亢進作用にはprotein kinase C (PKC) が関与していることを明らかにした。
【考察】本研究により、Cx43発現低下アストロサイトにおけるAMI誘導性BDNF発現の亢進作用は、Gi/o及びGqと共役するLPA1及びLPA3を介することが示された。また、正常アストロサイトにおけるAMIによるBDNF発現増加作用に対してPKCは関与しないことから、Cx43発現低下を介したAMI誘導性BDNF発現亢進メカニズムに対するPKCの重要性が示唆された。本研究結果は、うつ病患者において認められるCx43発現低下はうつ病の病態形成だけではなく、抗うつ薬の治療効果にも影響を及ぼしている可能性を示唆している。