社会や環境から受ける慢性ストレスは、抑うつや不安亢進、認知機能低下を誘導し、うつ病など精神疾患のリスク因子ともなる。我々はマウスの慢性社会ストレスを用いて、慢性社会ストレスにより行動変化が誘導されたマウスでのみ、内側前頭前皮質の錐体細胞の樹状突起退縮が誘導されること、急性社会ストレスが樹状突起増生を誘導しつつ、行動変化を抑制することを示してきた。しかし、社会ストレスによる内側前頭前皮質の錐体細胞の樹状突起の形態的変化が神経回路に与える影響は不明である。本研究では逆行性感染G欠損型狂犬病ウイルスベクターを用い、慢性社会ストレスにより解剖学的に変化する内側前頭前皮質への神経投射の同定を行った。慢性社会ストレスを受けた成体オスマウスでは、社会忌避行動、報酬指向行動、認知機能の低下といった複数の行動変化が観察された。これらのマウスの片側の内側前頭前皮質に蛍光タンパク質を発現する逆行性感染G欠損型狂犬病ウイルスベクターを注入し、内側前頭前皮質に入力する神経細胞を可視化した。脳冠状切片を作製した後、全脳における陽性細胞数を定量し、各脳領域における陽性細胞数の分布を系統的に調べた。その結果、蛍光タンパク質発現細胞は90以上の脳領域で確認されたが、慢性社会ストレスに暴露したマウスでは、対照群と比較し、特異的な脳領域で陽性細胞数の変化を認めた。以上の結果は、慢性社会ストレスにより内側前頭前皮質への神経投射が解剖学的に変化することを示唆している。