[目的・背景]
カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は37個のアミノ酸からなる神経ペプチドの1種で中枢・末梢神経に広く分布している。また、CGRPを脳室内に投与すると不安様行動が誘発されることが知られているが、その機序はいまだ不明である。これまで我々は不安様行動と密接に関与していると考えられている海馬のドパミンに着目して、CGRP脳室内投与を行い、ドパミンの代謝酵素であるモノアミン酸化酵素b(MAOb)の増加とそれによるドパミンの減少が不安様行動に関わることを報告してきた。そこで本研究はCGRP投与によるMAObのエピジェネティックな転写調節機序について解析した。
[方法]
8週齢のC57BL6J 雄性マウスにSalineまたはCGRP(0.5 nmol)を脳室内投与した。投与24時間後に脳海馬を摘出し、MAObの転写調節因子であるKrüppel-like factor 11(KLF11)のタンパク質量をWestern blottingにて解析を行った。また、ヒストンH3をメチル化することで遺伝子サイレンシングに関与することが知られているヘテロクロマチンタンパク質(HP1γ)のリン酸化量をWestern blottingにて解析を行った。さらに、CGRP脳室内投与24時間後のマウス脳海馬のDNAを断片化し、KLF11プロモーター領域あるいはエンハンサー領域のHP1γ及びメチル化H3の結合量をクロマチン免疫沈降法(ChIP)により解析した。
[結果・考察]
CGRP投与によりKLF11及びリン酸化HP1γが有意に増加した。HP1γはPKAによりリン酸化され、ヒストンH3との結合が外れることで、転写を促進していることが報告されている。そこで、CGRPにより増加したリン酸化HP1γがKLF11の発現調節に関与しているか検討するためChIPアッセイを行った。KLF11のプロモーター領域あるいはエンハンサー領域のHP1γリクルート量を解析したところ-700 bp付近で有意な減少が見られた。さらに、メチル化ヒストンH3のリクルート量を解析したところ-1000 bp付近で有意に減少していた。以上のことからCGRPは、リン酸化HP1γ量を増加させ、KLF11エンハンサーのヒストンH3メチル化を抑制することにより、KLF11の転写を活性化させ発現量を増やし、MAObを増加させる可能性が示唆された。