【背景】特発性基底核石灰化症 (Idiopathic Basal Ganglia Calcification; IBGC) は大脳基底核や小脳歯状核などに石灰化を呈する進行性の神経変性疾患である。IBGCの原因遺伝子として、リン酸輸送に関するSLC20A2やPDGFBをはじめ、いくつか報告されており、複数細胞種のリン恒常性破綻が病態形成に関与することが推測される。当研究室では、PDGFB変異を有するIBGC患者iPS細胞から誘導した内皮細胞でPDGF-BB分泌能が低下することを報告している。他の研究チームからは、PDGF-BBはPiT1  (SLC20A1がコードするリン酸輸送体) を介して血管平滑筋細胞のリン酸輸送を活性化することを報告している。一方で、IBGC病態形成に重要な役割を担う神経細胞においては、PDGF-BBとリン酸輸送の関係性はまだ明らかでない。
【目的】神経細胞におけるPDGF-BBのリン酸輸送調節機構における役割を解明する。
【方法】まず、IBGCの原因遺伝子であるSLC20A2を一過性または安定的にノックダウンさせたヒト神経芽細胞種SH-SY5Y細胞 (以下、SLC20A2-KD細胞) を用いて、PDGF-BBの細胞生存・増殖・遊走に対する影響を評価した。このPDGF-BBの作用に関連するシグナル同定のため、諸種シグナル阻害剤を処置、評価した。次に、SLC20A2-KD細胞におけるPDGF-BB処置がリン酸輸送活性に及ぼす影響を検討した。PDGF-BBのリン酸輸送活性に及ぼす影響がPiT1及びPiT2 (SLC20A2がコードするリン酸輸送体) どちらを介する作用なのかを各々ノックダウン法を用いて検討した。最後に、神経細胞におけるPDGF-BBのリン酸輸送調節機構を調べるために、PDGF-BBのリン酸輸送体の発現および膜移行活性に与える影響を評価した。
【結果】SLC20A2-KD細胞において低下した生存活性、増殖・遊走活性をPDGF-BB処置は回復させた。さらにこのPDGF-BBの作用はAkt阻害剤によってキャンセルされた。PDGF-BBは濃度依存的にリン酸輸送能を増強した。この作用はSLC20A2ではなく、SLC20A1をノックダウンしたときにキャンセルされた。興味深いことに、PDGF-BBのリン酸輸送活性化はリン酸輸送体の発現増加によるものではなく、膜移行の活性化によるものであった。
【結語】PDGF-BBはAktシグナルの活性化によるリン酸輸送活性の増加を介して神経細胞死を抑制した。また、PDGF-BBのリン酸輸送活性増加にはAktシグナル活性化を介したPiT1の膜移行促進が関与することが明らかとなった。