【目的】
 Prader-Willi syndrome(PWS)は小児の先天性の稀少疾患であり、第15番染色体のPWS責任領域(15q11-q13)の父性発現遺伝子の欠損によって、低身長、肥満、知的障害、筋緊張低下等の様々な症状を呈する。PWS患者では過食による肥満がみられるが、脂肪細胞単位の異常の有無は不明である。そこで、本研究ではPWS患者由来のiPS (iPWS)細胞を用いて脂肪細胞への分化過程、脂肪滴蓄積に着目し、健常者iPS(Nips)細胞由来の脂肪細胞との相違点を明らかにすることを目的とした。
【方法】
 Nips細胞及びiPWS細胞をembryoid body(EB:胚様体)経由で脂肪細胞に分化させた。その際、光学顕微鏡を用いて各分化過程における細胞の分化の度合いを観察した。その後分化中の細胞を経時的に採取し(EB接着後、脂肪分化を開始した15、21、27日目の各点)、RT-リアルタイムPCRを用いて定量した。さらにOil Red Oで染色し脂肪滴を観察した。
【結果】
 RT-リアルタイムPCRで脂肪細胞マーカーPPARγ、C/EBPα、ADIPOQ、aP2、その他脂肪細胞の機能に関連する遺伝子の発現を解析した。脂肪細胞の成熟初期に発現が上昇するC/EBPα及びPPARγのmRNA量は、Nips、iPWS細胞両者由来の脂肪細胞(NipsAdipocytes、 iPWSAdipocytes)で、分化21日目にピークが見られ、27日目には発現が若干低下した。また、iPWSAdipocytes では、ADIPOQ(善玉サイトカイン)の発現がiPS細胞の状態からほとんど上昇しなかった。一方、iPWSAdipocytes においてTNF-α (悪玉サイトカイン)の発現は、NipsAdipocytes と比較し、21日目に顕著に上昇していた。さらに、iPWSAdipocytesのaP2、PGC1αの発現量の上昇は見られなかった。脂肪分化の過程を光学顕微鏡下で観察した際には、Nips、iPWS両者に分化の成熟スピードの差は無かった。また、Oil Red O染色の結果、脂肪滴を蓄えた細胞がiPWS由来細胞で顕著に確認された。
【考察】
 本研究では、PWS患者と健常者で脂肪細胞に違いがあることを明らかにした。iPWSAdipocytes において、善玉サイトカインの発現が極端に低く、悪玉サイトカインの発現が高いことから、PWS患者ではインスリン抵抗性が増大する可能性が示唆された。またaP2の機能の1つに脂肪滴分解酵素HSLを助ける働きがあることから、脂肪滴の分解にも影響することを見出した。よって脂肪滴蓄積がiPWSAdipocytesで増えていると考えている。今後、PWS患者のインスリン抵抗性の増大について解明するために、分化した脂肪細胞内へのグルコース取り込み量を比較する予定である。