【背景・目的】がん患者で認められる抑うつ症状などの情動機能障害は、治療後も長期間持続することがあり、生活の質の低下につながることが問題となっている。これまでに、我々は、がん細胞の接種後に形成される腫瘍を切除したマウスにおいて、血中サイトカインの上昇が正常レベルまで戻るものの、社会性の低下が持続して認められることから、がん治療後の精神機能障害のモデル動物として、腫瘍切除マウスが有用である可能性を見出してきた。また、腫瘍切除マウスの海馬において、ミクログリアの突起が退縮することを明らかにしている。一方で、腫瘍切除マウスで認められる海馬ミクログリアの形態変化が社会性の低下に関与するかどうかは不明である。そこで、本研究では、ミクログリアの活性化抑制薬であるミノサイクリンが、腫瘍切除マウスの海馬ミクログリアの形態変化および社会性の低下に与える影響を評価した。
【方法】8週齢のBALB/c 系雄性マウスの腹部に、大腸がん細胞であるcolon 26 (1×107 cells/mL) を皮下投与した。Colon 26接種後3日目に形成された腫瘍を麻酔下にて外科的に切除した。ミノサイクリンは、70 ug/mL の濃度で水道水に溶解し、腫瘍切除後から14日間自由摂取させた。情動機能の評価として、腫瘍切除後4、あるいは14日目に社会性行動試験を行った。行動試験後は灌流固定を行い、ミクログリアマーカーであるIba1の免疫染色により、海馬ミクログリアの形態を評価した。
【結果と考察】薬物非投与のマウスでは、腫瘍切除後4、あるいは14日目において、社会性の低下と海馬ミクログリアの突起退縮が認められた。一方で、腫瘍切除マウスの海馬ミクログリアの数や細胞体面積の変化は認められなかった。また、ミノサイクリンは、腫瘍切除マウスで認められる社会性の低下、および海馬ミクログリアの突起退縮を有意に抑制した。以上の結果から、腫瘍切除マウスの海馬ミクログリアの形態変化には、ミクログリアの何らかの機能変化が伴う可能性、および腫瘍切除マウスにおける海馬ミクログリアの機能変化がうつ様行動の発現に関与する可能性が示唆された。