【背景】フルオロキノロン系抗菌薬は臨床で最も使用される抗菌薬の1つであり、尿路感染症や肺炎、腸管感染症など幅広い疾患に対して使用されている。その使用に伴い、時として偽膜性大腸炎やQT延長、腱断裂など特徴的な有害事象が現れることがある。発症率はまれであるものの、重篤な有害事象として大動脈瘤、大動脈解離などの血管毒性が報告されている。しかしながらフルオロキノロン系抗菌薬による血管疾患の病態形成機序や疫学的知見は現在まで不明である。薬物有害事象の病態形成機序やリスク因子を解明することは、抗菌薬による有害事象の発症予防において重要な知見であり、原疾患である感染症に対する治療効果の最大化、抗菌薬適正使用の点などから不可欠である。そこで本研究ではフルオロキノロン系抗菌薬に由来する大動脈瘤・解離等の血管毒性病態機序の検討および、大規模医療情報データベースを活用した疫学的解析を行った。
【方法】薬物有害事象報告を収集したWHOグローバル症例安全性報告データベースであるVigiBaseを用い、実臨床におけるフルオロキノロン系抗菌薬と各種血管疾患との関連を検証した。さらに血管毒性におけるフルオロキノロン系抗菌薬の主たる標的を明らかにするため細胞実験を行った。ヒト臍帯静脈血管内皮細胞 (HUVEC) とヒト大動脈平滑筋細胞 (HASMC) を用いて、フルオロキノロン系抗菌薬の一種であるレボフロキサシン刺激による血管毒性に関連する遺伝子の発現変動を検討した。また、保険組合から収集した診療情報で構成された1000万人以上のデータ数を誇るJMDC Claims Databaseを活用し、フルオロキノロン系抗菌薬に関連する大動脈瘤・解離発症のリスクとなる背景因子を解析した。
【結果・考察】VigiBase解析から、フルオロキノロン系抗菌薬の使用に関連した血管毒性として大動脈瘤・解離の副作用シグナルが検出された。細胞実験では、レボフロキサシン刺激により、HUVECにおける炎症細胞を誘発するICAM、VCAMの遺伝子発現増加、およびHASMCにおける細胞外基質分解酵素MMP2、MMP3の遺伝子発現上昇が確認された。このことからフルオロキノロン系抗菌薬による血管毒性には血管内皮障害と血管平滑筋障害が協同して生じる可能性が示された。JMDC Claims Databaseの解析から、フルオロキノロン系抗菌薬使用者のうち年齢・性別・既往歴などの背景因子が血管毒性の薬物有害事象に与える影響が明らかになった。