フルオロキノロン系抗菌薬は広く使用されている抗菌薬であるが、大動脈瘤や解離といった致死的な血管疾患との関連が指摘され、2018年アメリカ食品医薬品局による警告が出され、本邦でも添付文書中で重大な副作用リスクとして警鐘されている。一方でここ2-3年、相反する知見が散見されはじめ、フルオロキノロン系抗菌薬による大動脈疾患の危険性に関する議論が激化している。そこで本研究の目的は、フルオロキノロン系抗菌薬が真に大動脈疾患のリスクを増加させ得るか否か、基礎薬理学的手法および大規模医療情報データベースを用いた検討から明らかにすることである。
基礎薬理学的検討として、培養細胞および大動脈解離易発症モデルマウス(LABマウス)を用いて検討を行った。フルオロキノロンの一種であるレボフロキサシン(LVFX)は、in vitroにおいて内皮細胞傷害を引き起こし,matrix metalloproteinaseを増加させた。しかし,in vivo試験ではエラスチン分解や大動脈解離発生率に有意な影響は認められなかった。さらにLABマウスにおける内皮障害マーカー、ICAM-1、VCAM-1の遺伝子発現に及ぼすLVFXの作用は、大動脈解離発症前後で変化し、発症前はLABマウスで見られるmRNA発現上昇を増悪させたが、発症後のマウス大動脈においてはむしろ抑制傾向を示した。
さらに、実臨床におけるリスクを評価するため有害事象自発報告データベースVigiBaseおよびレセプトデータベースJMDCを用いて解析を行った。VigiBase解析において、フルオロキノロンの使用により、既報と同様大動脈瘤についてリスクシグナルが検出されたが、大動脈解離に限定して解析した場合にはリスクシグナルが検出されなかった。レセプトデータベースJMDCを用いた後ろ向きコホート解析においても、フルオロキノロンの使用は呼吸器感染症患者において有意に大動脈瘤および解離の発症を増加させなかった。
本研究により、フルオロキノロンの血管系への作用に関する2つの矛盾を浮き彫りにした。第一に、LVFXの相反する作用がin vitroとin vivoの試験で、また解離発症の前後で観察された。第二に、データベース解析により、大動脈解離と動脈瘤に対する作用が異なることが明らかになった。フルオロキノロン系抗菌薬による細胞毒性はみられるものの、大動脈解離に限定して検討した場合、生体内、すなわち実臨床における副作用発生リスクの有意な増加は示唆されず、大動脈解離に対する懸念がフルオロキノロンの使用中止を正当化するものではないことが示唆された。