【背景】うつ病患者の症状の一つに、不運な結果を過大に評価してしまう意思決定の悲観的バイアスが挙げられる。近年、この悲観的な意思決定がセロトニン神経伝達の亢進/減弱により制御されている可能性が示唆されているが、その詳細な機序は未解明である。そこで本研究では、悲観的な意思決定を評価できる確率的逆転学習課題 (PRL) を用いて、セロトニン神経伝達の寄与を薬理学的および化学遺伝学的手法を用いて検討した。
【方法】摂食制限を行ったC57BL/6J系雄性マウスを使用した。PRLは餌ペレットを報酬として2レバーオペラント装置を用いて行った。訓練期間終了後、正しいレバーを押しても報酬が得られない確率 (pPCR) を0, 0.1, 0.2, 0.3の各条件に設定し、薬物処置後に30分間のテストを行った。悲観的な意思決定の指標として、正しいレバーを押したが報酬が得られなかった時、反対のレバーにシフトする割合 (Negative Feedback Sensitivity ; NFS) を用いた。薬物投与時の神経活動性の変化はc-fosの免疫染色により評価した。
【結果・考察】抗うつ薬 (SSRI) であるcitalopram (10 mg/kg, i.p.)を投与したところ、pPCR = 0.1, 0.2の時のNFSが有意に低下した。またこの時、意思決定に深く関与する内側眼窩前頭皮質 (mOFC) においてc-fos陽性細胞数が増加していた。さらに、逆行性トレーサーであるRetrobeadsをmOFCに局所投与した検討から、mOFCが主要なセロトニン神経核である、背側縫線核および正中縫線核の双方から神経投射を受けていることが示唆された。それぞれの縫線核において活性型人工受容体であるhM3Dqをセロトニン神経特異的に発現させ、リガンドであるdeschloroclozapin (1.0 μg/kg i.p.) を投与してセロトニン神経を活性化させた。その結果、正中縫線核セロトニン神経の活性化はNFSに有意な影響を与えなかった一方で、背側縫線核セロトニン神経の活性化によりNFSが有意に低下した。以上の結果は、背側縫線核から内側眼窩前頭皮質へのセロトニン神経投射の活性化がうつ病患者で見られる意思決定の悲観化を改善する可能性を示唆している。