抗精神病薬は、最近では、統合失調症のほか、うつ病をはじめとする気分障害、抗悪性腫瘍薬の投与に伴って出現する悪心・嘔吐、アルツハイマー型認知症患者の妄想・幻覚などの周辺症状に対する処方機会が増加しており、臨床での需要は今後さらに高まることが予想される。さらに、統合失調症や気分障害などの精神疾患の患者が高齢化していること、悪性腫瘍やアルツハイマー型認知症の発症は比較的高齢者のほうがより顕著であることを鑑みると、抗精神病薬の使用頻度は今後高齢患者で増加すると考えられる。
 一方、高齢者では下部尿路機能が低下しているため、加齢による尿排出機能障害が生じている患者も多く、さらに薬剤性の尿排出機能障害も誘発されやすい状況にある。薬剤性の尿排出機能障害の最大の要因は処方薬の有する抗コリン作用であり、抗精神病薬も抗コリン作用に起因する尿排出機能障害を誘発する可能性がある。しかし、これまでのところ、その検証は十分にされてこなかった。そこで、本研究では、本邦で臨床使用されている26種類の抗精神病薬を対象として、ラット摘出排尿筋のアセチルコリン(ACh)誘発性収縮に対する抑制効果を検討し、その効果をもたらす濃度と臨床で到達し得る血中濃度を比較することで、尿排出機能障害の可能性を懸念する必要のある患者が使用に際して十分に留意すべき治療薬を明らかにすることにした。また、ACh誘発性収縮に対する抑制効果とマウス大脳皮質での[N-Methyl-3H]scopolamine([3H]NMS)のムスカリン受容体の特異的結合に対する抑制効果の関連性についても検討した。
 今回検討した26種類のうち、クロルプロマジン・レボメプロマジン(フェノチアジン系抗精神病薬)、ゾテピン(チエピン系抗精神病薬)、オランザピン・クエチアピン・クロザピン(多元受容体標的化抗精神病薬;MARTA)は、臨床で到達し得ると考えられる血中濃度の範囲内でラット排尿筋のACh誘発性収縮を有意に抑制した。また、クロルプロマジン、レボメプロマジン、ゾテピン、オランザピン、クロザピンは、機能実験から算出したpA2値と受容体結合実験より算出したpKi値がほぼ一致した。したがってこれらの薬物は、臨床用量の範囲内で抗コリン作用によってもたらされる排尿筋の収縮不全に起因する尿排出機能障害を引き起こす可能性に留意すべきであると判断された。

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