【背景・目的】糖尿病患者において胃排泄運動は遅延または亢進することが知られている。胃排泄の遅延は高血糖状態の慢性経過による神経障害とカハール介在細胞(ICC)の減少に起因すると考えられているが、胃排泄亢進の病態進展機構は不明である。胃排泄機能変化とその分子機構を理解することは、厳密な血糖コントロールと胃排泄障害の予防または治療法の開発に有用である。本研究では、1型糖尿病モデルマウスを用いて糖尿病における胃排泄亢進とICCネットワークの関与について解明した。
【結果】ストレプトゾトシンの単回投与後1週間より、マウスは血糖値の上昇と体重減少、多飲多尿を示し、糖尿病を発症した。胃排泄能は13C-オクタン酸呼気試験によって経時的に測定し、その中で胃排泄は糖尿病発症初期(発症後2〜4週間)で顕著に亢進することを見出した。また蛍光色素を用いた消化管輸送能の測定により、糖尿病初期では上部消化管輸送能が増加していることも分かった。続いて、胃幽門部筋層を用いた免疫組織化学染色において、c-kit陽性のICCネットワークが形成されることを確認した。この時、糖尿病初期におけるマウスのICCネットワークは顕著に増生していた。また糖尿病初期のマウスにインスリンを単回投与すると、血糖値は正常と同等にまで低下したが、興味深いことに糖尿病による胃排泄の亢進に影響しなかった。この血糖値の急性的な正常化はICCネットワークの増生にも影響しなかった。さらに、小腸筋層を用いてICCネットワーク形成とペースメーカー能を保持したex vivo小細胞塊培養系を作製し、高血糖負荷培養を行った。2~4週間の高血糖負荷培養を行ったところ、高血糖はICCネットワーク形成に影響を与えないことが分かった。この結果を踏まえ、我々は細胞の障害と増殖の両方に関与する酸化ストレスに注目し、酸化ストレスマーカーであるマロンジアルデヒドの産生量を測定した。その結果、胃排泄の亢進とICCネットワークの増生が生じる糖尿病初期では血清中の酸化ストレスレベルが軽度に上昇していることが分かった。
【総括】糖尿病の発症初期では胃幽門部のICCネットワークの増生に伴い、胃排泄が顕著に亢進することが明らかとなった。この変化には高血糖は直接的に関与しておらず、糖尿病初期における軽度な酸化ストレス環境で生じる可能性が示唆された。

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