【背景・目的】
急性肺障害は胃内容物誤嚥などを原因として起こる、急性・重篤な呼吸器障害の総称である。死亡率が約30-50%と高く、未だに有効な治療法がない。リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)はプロスタグランジンD2(PGD2)産生機能と疎水性低分子運搬機能の2つを持つ。急性肺障害を起こした患者の肺組織において、PGD2や疎水性低分子が産生・放出されることは報告されているが、L-PGDSが急性肺障害に関与しているかどうかは不明である。そこで本研究では、マウスモデルを用いて、急性肺障害におけるL-PGDSの役割を明らかにすることを目的として実験を行った。
【方法・結果】
塩酸をマウスに気管内投与することで急性肺障害モデルを作成した。野生型マウスへの塩酸投与は、急性肺障害の特徴的な症状である肺機能低下や肺浮腫形成、炎症細胞浸潤、肺の弾性抵抗(エラスタンス)上昇を引き起こした。L-PGDSの遺伝的な欠損はこれらの特徴的な症状すべてを悪化させた。次に、L-PGDSのPGD2産生機能の活性中心のみに点変異を導入することで、疎水性低分子運搬機能を維持しつつPGD2産生機能を欠失させたマウスを作成した。PGD2産生機能の欠失は、肺機能低下と肺浮腫形成を悪化させたが、炎症細胞浸潤と肺の弾性抵抗上昇には影響しなかった。
そこで、浮腫形成におけるPGD2の抑制機構を検討した。浮腫形成は血管透過性の異常亢進により起こされる。塩酸投与したマウスに色素を静脈内投与し、色素の血管外漏出を指標に、血管透過性を評価した。野生型マウス群において、塩酸投与は色素の血管外漏出を引き起こした。この漏出はL-PGDS欠損により悪化し、PGD2受容体(DP受容体)作動薬の投与により抑制された。単離細胞を電極上で培養し電気抵抗値を測定することでバリア形成を評価した。DP受容体作動薬の投与は、肺動脈内皮細胞のバリア形成を強化した。
【結論】
本研究により、L-PGDSが急性肺障害を抑制する因子であることが明らかになった。L-PGDSはPGD2/DPシグナルを介して血管内皮細胞のバリア形成を強化させ血管透過性を抑制することで、浮腫形成を抑制することが明らかになった。また、L-PGDSは疎水性低分子運搬機能を介して炎症細胞浸潤と肺の弾性抵抗上昇を抑制することが示唆された。

To: 要旨(抄録)