ホルモン受容体およびHER2受容体が陰性のトリプルネガティブ型乳癌(TNBC)は非常に悪性度が高く早期に再発・転移する難治性の癌である。TNBCは、ホルモン受容体陽性のルミナール型乳癌やHER2陽性の乳癌のようにホルモン受容体やHER2受容体に対する分子標的治療薬が使えないことから、新たな治療薬の開発が期待されている。TNBCは、ルミナール型乳癌と比較して、癌の源となる癌幹細胞を多く含むことが報告されていることから、TNBC幹細胞の増殖機構を解明することにより新たな治療薬の標的分子が明らかになると考えられる。
乳癌幹細胞の機能的マーカーであるアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の酵素活性を指標にしたアッセイ系を用いて、TNBCモデル細胞株MDA-MB-231のALDH陽性細胞と陰性細胞を単離して、その遺伝子発現を比較したところ、リゾホスファチジン酸(LPA)の受容体(LPAR3)がALDH陽性細胞の高発現することを見いだした。LPA刺激により、LPAR3を介してMDA-MB-231に含まれるALDH陽性細胞の増殖が誘導された。
次に、LPAR3の下流のシグナル経路に関して解析を行った。LPA受容体の下流で作用する主要なシグナルであるカルシウムに着目した。細胞透過性カルシウムキレート剤BAPTA-AMの処理によってLPA刺激による癌幹細胞の増殖が阻害された。さらに、カルシニューリン/NFAT経路について検討を行った。LPA刺激によってNFATの転写活性能が亢進した。カルシニューリン阻害剤であるシクロスポリンAの処理によってLPAによるNFATの転写活性能の亢進および癌幹細胞の増殖が抑制された。NFATの過剰発現によって癌幹細胞の増殖が認められた。
以上の結果から、LPAはLPAR3の下流でカルシウム/カルシニューリン/NFAT経路を介して TNBC幹細胞の増殖を誘導することが示唆された。今後は、臨床検体を用いた実験により、上記のシグナル経路が創薬の標的となるのか検証する予定である。

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