【背景と目的】クレマスチンは約半世紀にわたり本邦や欧州を始め世界各国で使用され、一般用医薬品の有効成分としても利用される抗ヒスタミン薬である。長年の臨床使用経験から本薬による薬物性QT延長症候群の誘発リスクは注視されず処方されてきたが、クレマスチンのhERG K+チャネル抑制作用の強さは薬物性QT延長症候群の原因薬であるアステミゾールやテルフェナジンに匹敵する。実際にクレマスチン服用下で致死性不整脈torsades de pointes(TdP)が発生した症例は2例報告されているが、因果関係は明確にされていない。本研究では、QT延長症候群を誘発する薬物を高感度で検出可能なin vivoウサギ催不整脈モデルを用い、クレマスチンの催不整脈作用を精査した。【方法】イソフルランで麻酔したNZWウサギ(n=5)にカテーテル焼灼法を適用して完全房室ブロックを作製後、右心室を60回/分でペーシングした。体表面心電図および右心室の単相性活動電位(MAP)の記録下でクレマスチン(0.03、0.3、3 mg/kg)を累積的に30分間隔で静脈内投与し、MAP持続時間(MAP90)の変化および催不整脈リスクの予測指標であるMAP90の時間的ばらつき(STV)、R on T型心室期外収縮(PVC)とTdPの発生を観察した。【結果】クレマスチンの薬効相当量である0.03 mg/kgの投与によりMAP90は19 ms延長し、0.3 mg/kgの投与により53 ms延長した。このときSTVの変化は認められなかった。3 mg/kgの投与によりMAP90は174 ms延長し、このときSTVは6.7 ms増大し、頻回なR on T型PVCが5例中3例に認められ、TdPが5例中1例に発生した。【結論】クレマスチンは致死性不整脈発生の前兆である心室筋再分極過程の遅延および時間的ばらつきの増大を誘発し、催不整脈性を示す薬物であることが明らかにされた。これらの作用は薬効相当量で出現しないため、クレマスチンを適切に臨床使用する場合にはこのようなリスクは低いと判断される。一方、クレマスチンを先天性および潜在性QT延長症候群などのハイリスク患者に処方する場合、またはQT延長リスクのある薬物を併用する場合には、服用開始後の定期的な心電図モニタリングあるいは同薬の処方回避といった考慮が必要と考えられた。

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