糖尿病性心筋症は糖尿病に合併する冠動脈病変を伴わない心機能障害と定義される。その病態は早期に拡張機能障害が認められ、代償機構を通じて心不全に至る臨床経過をたどる。左室拡張不全は心筋細胞Ca2+シグナル制御の破綻に起因すると指摘されるが詳細な機序は不明である。我々はCa2+シグナル制御破綻の機序解明を目的として、ストレプトゾトシン(STZ)誘発1型糖尿病モデルマウスの解析を行った。心エコー解析からSTZ投与4週後(STZ-4W)のマウスは駆出率が保たれた左室拡張不全による心不全(HFpEF)の病態を呈していた。これは糖尿病性心筋症早期ステージに該当する。STZ-4Wマウスでは摘出心室筋の弛緩時間が延長し、心室筋細胞内Ca2+トランジェントの減衰速度が低下し、さらに心室筋のphospholamban(PLN)-Ser16の基底状態におけるリン酸化レベルが低下していた。STZ-4Wマウスへのインスリン持続投与によりPLN-Ser16リン酸化レベルおよび心筋拡張能が回復したことから、インスリン欠乏による心筋細胞PLNリン酸化レベルの低下が、SERCA2を介した筋小胞体Ca2+再取り込みを抑制し左室拡張不全をもたらすことが示唆された。一方、STZ投与8週間後(STZ-8W)のマウスは、糖尿病性心筋症中期ステージ様の駆出率低下を伴う心不全(HFrEF)を呈した。STZ-8Wマウス心室筋では線維化が認められ、摘出心室筋の収縮張力低下・弛緩時間延長、心室筋細胞内Ca2+トランジェントのピーク値の低下、ベース値の上昇、減衰速度の低下が認められた。心室においてCaV1.2、RyR2、SERCA2の蛋白発現量がコントロール群に比べて有意に減少していたが、PLN-Ser16リン酸化レベルは差が認められなかった。Atenolol投与下の左室駆出率と拡張能は、STZ-8W群でコントロール群に比べて優位に低かったことから、STZ-8Wでは交感神経系を介した代償機構が強く働いていることが示された。よって、代償機構によりPLNリン酸化は維持されているものの、線維化およびCa2+シグナル制御蛋白の発現低下が進行し収縮・拡張機能障害を呈したと考えられる。以上の結果より、インスリン作用不足に起因したPLN-Ser16リン酸化レベル低下が、糖尿病性心筋症の発症と進展のキーステップであることを明らかにした。

To: 要旨(抄録)