【背景・目的】心臓は、心房心室の順に規則正しく収縮弛緩を繰り返すことで、血液を全身に送り出している。このリズムは活動電位により電気的に統制されており、活動電位持続時間 (APD)は心房筋細胞に比べ心室筋細胞で長いことが知られている。一方、力学的機能を高感度に評価することが技術的に困難であるため、心房心室の差に関する分子機構は未だ不明な点を多く残す。これまで、我々のグループでは、拍動心筋の力学的機能を高感度に評価する実験系(Motion Field Imaging;MFI)を構築してきた。そこで、本研究ではMFI手法を用いて、マウス心房心室から単離した細胞の力学的機能を定量的に評価し、その違いについて発達段階を追って調べることにより、分子レベルで理解することを目指す。
【方法・結果】新生児(P0.5-1.5)及び成体(20-36週齢)マウスから摘出した心臓を酵素処理することにより、心房筋細胞と心室筋細胞を単離し、35-mmディッシュに播種して標本を準備した。新生児心筋細胞は培養1日後より自律的に拍動を開始し、培養液中で維持した後に測定を行った。急性単離により得られた成体マウス心筋細胞はフィールド刺激(0.5 Hz)の印加により収縮を惹起し測定を行った。SI8000シリーズ(ソニー株式会社)を用いて隣接フレーム間の動きベクトルを計算し、各種パラメーターから力学的機能を評価した。
成体・新生児に関わらず、収縮-弛緩時間は、心房筋細胞に比べ心室筋細胞で長いという結果が得られた。収縮・弛緩速度については、成体と新生児で異なる結果が得られた。薬剤非存在下では、成体では差は見られず、新生児では心房筋細胞の8.5 µm/s(n = 43)に比べ心室筋細では5.7 µm/s(n = 43)と有意に低値を示した。さらに、薬理学的な解析を行ったところ、新生児心房細胞では選択的カルシウムチャネル阻害剤の投与によって収縮速度が有意に低下した(55±18%, n = 11)。
【考察】新生児で収縮・弛緩速度の差については、T管系は未発達な時期であるため、筋原繊維の違いを反映している可能性がある。また、新生児での心筋収縮において、サブタイプ特異的なカルシウムチャネルの関与が示唆される。以上より、本結果は、心筋の力学的機能に関する分子的理解に繋がることが期待される。

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