〔背景・目的〕過度な恐怖記憶は、外傷後ストレス障害(PTSD)や不安症等の精神疾患の病態と関連することが報告されている。消去学習とは、恐怖を獲得した環境に長期間または繰り返し曝露されることで、その環境が危険ではないことを新たに学習する過程であり、ヒトにおける認知行動療法の生物学的基礎課程と考えられている。そのため消去学習を促進することは、上記精神疾患の治療に有効であると考えられる。δオピオイド受容体(DOP)は情動に関わる脳部位に多く存在する。当研究室ではこれまでに、選択的DOP作動薬KNT-127が抗不安作用、消去学習促進作用を示すことを報告してきた。しかし、KNT-127が作用する脳領域については明らかでない。そこで本研究では、KNT-127の消去学習促進作用発現の際の作用脳部位を特定することを目的に検討を行った。
〔方法〕C57BL/6Jマウス(8週齢)を用いて文脈的恐怖条件づけ試験を行った。1日目に電気刺激(0.8 mA、1秒間、30秒間隔で8回)を与え条件づけを行い、2日目(消去学習)、3日目(テスト)に6分間同じ実験箱に再曝露した際の恐怖応答(freezing)を観察した。KNT-127は2日目の再曝露30分前に扁桃体および海馬に局所投与した。また、2日目の再曝露30分前にKNT-127を皮下投与した動物から、再暴露の60分後に扁桃体、海馬、内側前頭前野を採取し、それぞれの領域におけるリン酸化ERKと総ERKの比率をウェスタンブロット法により検討した。
〔結果・考察〕KNT-127を扁桃体内に局所投与することにより、2日目の再曝露におけるfreezingが有意に低下した。一方、3日目の再曝露時には2日目と同程度のfreezingを示し、KNT-127による消去学習促進作用は確認できなかった。また、2日目の再暴露60分後には扁桃体と海馬におけるERK1/2のリン酸化率が有意に上昇していたが、内側前頭前野では変化がみられなかった。さらに、条件付けしていないマウスにKNT-127を投与した場合にも扁桃体におけるERK1/2のリン酸化率を上昇させることが確認された。以上の結果より、KNT-127は再曝露時には扁桃体と海馬に作用していること、また扁桃体では抗不安作用を示すが、消去学習には作用しないことが示唆された。海馬への局所投与の影響については現在検討中である。

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