プロモーター領域の DNA メチル化は、哺乳類における遺伝子発現制御機構の一つとして知られている。DNA 構成塩基のうち、主にシトシンが DNA methyltransferase (DNMTs) の働きによりメチル化され、5-methylcytosine (5mC) となる。DNA メチル化はいくつかの疾患の病態形成に関与していると報告されているが、脳梗塞後の DNA メチル化と病態形成との関連は詳細に把握されていない。そこで本研究では、脳梗塞に対する新たな治療戦略を提示する目的で、脳梗塞後の DNA メチル化と神経細胞死の関連について検討を行った。
まず初めに、一過性局所脳虚血を模倣する中大脳動脈閉塞再灌流 (middle cerebral artery occlusion / reperfusion : MCAO/R) モデルにおける DNA メチル化を検討した。その結果 MCAO/R 1 日後の虚血側大脳皮質において 5mC 陽性細胞数が非虚血側の 5mC 陽性細胞数の約 7 倍に増加していた。また、虚血側の 5mC 陽性細胞のうち、約 70% が神経細胞であった。そこで、初代培養大脳皮質神経細胞を用いてさらなる詳細な検討を行った。
以後の実験は、脳梗塞後に惹起される虚血性神経障害のメカニズムの一つである N-methyl-D-aspartate (NMDA) 受容体刺激性神経細胞死で検討した。NMDA 処置後の 5mC 陽性細胞数は、処置 30 分後をピークに一過性に増加し、処置 2 時間後にはコントロール群と同程度まで減少した。また、5mC 陽性細胞が観察される NMDA 処置 1 時間後まで de novo DNA メチル基転移酵素である DNMT3a のタンパク質量は維持されていたものの、それ以後はコントロール群と比較して顕著に減少した。さらに、NMDA 誘発性神経細胞死に対する DNMT 阻害薬 RG108 の影響を検討した結果、DNMT 阻害薬 RG108 は神経保護効果を示した。
 以上の結果から、脳梗塞後に惹起される神経細胞の DNA メチル化は脳梗塞病態の進展に寄与している可能性が示唆された。

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