ラミニンは基底膜の主要構成成分であり、3種のサブユニット(α鎖、β鎖、γ鎖)からなるヘテロ3量体である。特にα鎖は、受容体であるインテグリンを介した情報伝達に必須であり、ラミニンの特性を決める重要な鎖である。下垂体前葉組織には5種類の内分泌細胞と濾胞星状細胞が実質細胞として存在し、これらの細胞は基底膜とよばれるシート状の細胞外マトリックスに接していると考えられている。また、実質細胞が接する基底膜とは別に血管内皮細胞直下の基底膜も存在し、葉内には2層の基底膜が認められる。我々は、ラット下垂体前葉組織における2層の基底膜を構成する成分が異なることを発見し、実質細胞側の基底膜が3種のラミニンα鎖(α1、α3、α5)を含むことを示した(第91回日本薬理学会年会)。しかし、ラミニンが葉内の内分泌細胞に与える影響は不明である。本研究では、異なるα鎖を含むラミニンをリガンドとして用い、ラット下垂体前葉の内分泌細胞に働くラミニン分子の同定とその作用機序を検討した。
 まず、前葉内分泌細胞のラミニンに対する反応の有無を明らかにした。前葉細胞を単離し、α1鎖、α3鎖、α5鎖のそれぞれを含むラミニン上で初代培養し、免疫細胞化学的手法を用いて内分泌細胞の形態を観察した。その結果、α3鎖やα5鎖を含むラミニン上で培養した5種類の内分泌細胞は、扁平になるまで基質面に強く接着(伸展)し、細胞の伸展はインテグリンβ1抗体により阻害されることが判明した。また、蛍光二重染色により、内分泌細胞にインテグリンβ1が発現することを明らかにした。さらに、α3鎖やα5鎖を含むラミニンと前葉細胞との接着により、成長ホルモンの放出が惹起される現象を見出した。
 以上より、ラット下垂体前葉内に存在するα3鎖やα5鎖を含むラミニンは、内分泌細胞の機能を調節する情報伝達分子として働くことが強く示唆された。即ち、基底膜成分であるラミニンのサブユニットと前葉細胞機能との関連という新たな検討課題が見出された。ヒト正常下垂体や下垂体腫瘍での反応性、ラミニンα鎖ごとの機能的差異に関しては、今後さらに検討可能と考えられる。

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