うつ病患者数は日本だけで120万人を超え、今後も増加の一途を辿ると見込まれるが、現在臨床応用されている多くの治療薬は副作用、治療抵抗性及び遅効性等の問題を抱えている。一方、岡らはGlucagon-like peptide-2(GLP-2)が治療抵抗性うつ病マウスモデルで薬理効果を示すことを見出し、新規抗うつ薬として期待されている。しかし、GLP-2は側脳室内投与によってのみ薬効を示すため、臨床応用は難しい。そこで、我々は非侵襲的に効率良く中枢へ送達を期待できる経鼻投与に注目した。一般的に経鼻投与された薬物は、鼻粘膜に存在する嗅上皮から嗅神経を含む嗅球経路もしくは呼吸上皮から三叉神経経路で中枢へ移行すると考えられている。ところが、ヒトでは嗅上皮の割合はわずか2%しか存在せず、残り98%は三叉神経が支配する呼吸上皮で覆われている。そのため、経鼻投与によりGLP-2を作用部位の海馬や視床下部へ移行させるためには、GLP-2を呼吸上皮および三叉神経へ移行させることが重要である。そこで、我々は効率的な中枢移行を目指し、細胞膜透過性ペプチドであるCPPとエンドソーム脱出促進作用を持つPASを付加させてGLP-2誘導体を創製し、これを経鼻投与すると、側脳室内投与の同用量で抗うつ様作用を示すことを明らかにした。本研究では経鼻投与されたGLP-2誘導体の中枢移行機構の解明を目指した。まず、GLP-2誘導体は細胞内へマクロピノサイトーシスで取り込まれ、エンドソームを効率良く脱出し、更に細胞外へ排出されることを実証した。次に、経鼻投与されたGLP-2誘導体は、投与3分後では橋・三叉神経主知覚核(Pr5)で有意な分布が見られた。10分後まではPr5と嗅神経を含む嗅球のみGLP-2誘導体が有意な分布を示したものの、薬効は発現しなかった。一方、20分後ではGLP-2誘導体は作用部位である海馬や視床下部背内側核を含む脳全体へ有意に分布し、側脳室内投与と同量で薬効を示した。したがって、GLP-2誘導体は経鼻投与後、三叉神経・Pr5を経由して作用部位である海馬や視床下部へ移行し、抗うつ様作用を示すことが示唆され、新規抗うつ薬としての開発が期待される。

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