【 目 的 】終末期のがん患者の約8割は、がん悪液質と呼ばれる進行性症候群となり、食欲不振、体重減少、脂肪・筋肉組織の消耗、全身衰弱、倦怠感などを誘起する。がん悪液質は患者自身の生活の質を低下させるのみならず、がん患者の死亡原因の20%を占める。12種類の生薬で構成される人参養栄湯(NYT)は、食欲不振、病後の体力低下、疲労倦怠などに効果がある漢方製剤として用いられている。食欲中枢において食欲増進シグナルを形づくる受容体には、主にグレリン受容体(GHSR)、ニューロペプチドY受容体(Y1)およびオレキシン受容体(OX1R)がある。しかし、人参養栄湯の食欲増進メカニズムの同受容体の関与について、その詳細は明らかになっていない。
【 方 法 】GHSR、Y1およびOX1Rシグナルに対するNYTの効果は、それぞれの受容体を安定発現させたHEK293細胞にNYTを処置後、受容体を介する反応を電気抵抗の変化としてCellKeyTMシステムにて測定した。さらにY1およびOX1Rについては、それぞれの阻害剤を用いてNYTの受容体シグナルに及ぼす効果を解析した。
【 結 果 】GHSR発現細胞において、NYT(10、30、100 µg/mL)は特異的な活性(インピーダンス増加)を示さなかった。また、Y1発現細胞では、NYTは濃度依存的にインピーダンスを上昇させ、100 µg/mLにおいて有意差が認められたものの、この反応はY1阻害剤により抑制されなかった。一方OX1R発現細胞では、NYTは濃度依存的にインピーダンス上昇を認め、この反応はOX1R阻害剤により有意に抑制された。特異的反応を示したオレキシン受容体を介するシグナルについて、人参養栄湯を構成する12生薬のうち1生薬を抜いたもの(一味抜き)、およびそれぞれの生薬単剤をOX1R発現細胞に処置したところ、陳皮を抜いた一味抜き剤、ならびに陳皮単剤でそれぞれインピーダンスの低下および増加が認められた。
【 考 察 】本研究によりNYTの食思促進効果にはグレリン受容体およびニューロペプチドY受容体を介するシグナルには関与せず、一部オレキシン受容体を介するシグナルが関与している可能性が考えられた。

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