うつ病は持続的な抑うつ気分や喜び・興味の喪失を主症状とする精神疾患である。うつ病と深く関わる部位として海馬があり、抗うつ処置である電気けいれん刺激や抗うつ薬投与することによって、海馬機能は様々な変化を示す。これまでに我々は抗うつ処置を施したマウス海馬では、神経前駆細胞数が増加し、成熟神経マーカーの発現が減少することを見出してきた。一方、抗うつ処置を施したマウス海馬において、遺伝子の発現減少が示唆された遺伝子の一つにニューロトロフィンー3 (NT-3) がある。NT-3は神経栄養因子の中の「ニューロトロフィンファミリー」に属しており、特に海馬に多く存在することが知られているが、海馬における詳しい機能は解明されていない。そこで本研究では海馬におけるNT-3の詳しい発現変化とNT-3が海馬の神経分化・成熟に与える影響について明らかにすることを目的とした。
 海馬におけるNT-3の詳しい発現変化を検証するため、マウスに11回の電気けいれん刺激や、抗うつ薬であるフルオキセチンを4週間投与する処置を施したところ、海馬におけるNT-3 mRNAの発現は、発現が有意に減少した。またマウスにコルチコステロンを投与し、ストレス条件下と擬似的な状態を作り出した海馬においては、NT-3 mRNA発現が増加した。以上により、NT-3 mRNAはうつ状態脳の海馬において発現増加し、うつ治療により発現減少することが示唆された。
さらに海馬におけるNT-3の詳しい機能を検証するため、NT-3遺伝子の人工micro RNAを組み込んだアデノ随伴ウイルスを作製し、マウス海馬に特異的に注入した。NT-3が海馬において神経細胞の分化に関与しているか明らかにするため、各成熟段階のマーカーを用いて検討したところ、mi RNA投与マウスはコントロールマウスに比べ神経前駆細胞数が増加した一方で、成熟神経マーカーの発現が低下する傾向が見られた。
 これらの結果からNT-3 mRNAは抗うつ処置を施すことで発現減少し、さらにNT-3の発現を抑制することにより、抗うつ処置を施した場合と類似した変化を示す可能性が示唆された。そこで今度は、NT-3をマウス海馬において発現抑制することでうつ様行動の減少や、活動量の増加といった抗うつ処置を施したマウスと同様の行動変化を示すのか、さらに検討していく。

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