がん細胞は自身が増殖することで周囲の組織を侵食・破壊していくだけでなく、多くの分子を血中に分泌することで遠位の組織にも影響を与え、内分泌系や神経系のバランスを崩し、様々な腫瘍随伴症状を引き起こす。また、腫瘍微小環境は、生体のホルモン分泌や末梢免疫応答等の均衡により制御されており、中枢を介した刺激応答はこれらの均衡を崩すことでがんを増悪させることが考えられる。一方、視床下部領域は、様々な刺激応答に伴う脳領域や末梢からの求心性シグナル入力の統合と、内分泌系や自律神経系を介した末梢への出力を担う脳領域であり、脳-末梢連関において重要な役割を担っている。従って、がん細胞から分泌された分子等が視床下部領域を介して様々な神経活動変化を引き起こしている可能性が考えられるが、詳細な検討は未だ行われていない。そこで本研究では、がん移植下における視床下部領域の活性化細胞を探索し、そこから同定された神経系を特異的に活動制御した際の腫瘍増殖への影響について検討を行った。がん移植モデルマウスは、Lewis lung carcinoma (LLC) 細胞をマウスの右腰背部へ皮下移植することで作製した。視床下部領域における活性化細胞の標識は、cFos-CreER x EGFPRpl10a マウスを用いた活性化細胞標識法に従い、がん移植下で4-hydroxytamoxyfen を投与することで行った。その結果、がん移植下の視床下部室傍核(hypothalamic paraventricular nucleus; PVN) 領域においてcorticotropin- releasing hormone (CRH)含有神経の著しい活性化が認められた。そこで次に、PVN 領域におけるCRH 神経を活動制御した際の腫瘍肥大化に与える影響について検討を行った。PVN-CRH神経の人為的活動制御は、CRH-Cre を用いた薬理遺伝学的手法を応用し、活性化型遺伝子改変受容体hM3Dq あるいは抑制型遺伝子改変受容体hM4Di をPVN-CRH 神経特異的に発現させたCRH-cre/hM3Dq マウスまたはCRH-cre/hM4Di マウスを作製し、遺伝子改変受容体の特異的リガンドであるclozapine N-oxideを腹腔内投与することで行った。その結果、PVN-CRH 神経の特異的活性化によって腫瘍は有意に肥大化し、一方、同神経の特異的抑制によって腫瘍肥大化の有意な抑制が認められた。さらに、CRH 神経制御下において血漿中液性因子の変化について検討を行ったところ、腫瘍増殖に相関した血漿中cortisol量の増加が認められた。以上、本研究により、がん病態下においてCRH神経の著しい活性化が引き起こされ、PVN-CRH神経の活性化により、腫瘍の増悪化が遠心性にコントロールされることが初めて立証された。

To: 要旨(抄録)