【目的】アルツハイマー病(AD)患者の脳内では、アミロイドβ(Aβ)が線維化して蓄積している。この過程で形成されるAβ低分子量複合体(オリゴマー)は特に神経毒性が高くAD病態形成に深く関与するというオリゴマー仮説が提唱されている。Aβオリゴマーの形成は一時的で、その後すぐに高分子凝集体となることから、Aβオリゴマーの解析は困難であり、本仮説に基づくモデル系の構築や機序の解明は不十分である。本解析では中性条件において凝集を開始する26-O-acyl iso Aβ1-42(pH click Aβ)を用い、より安定したオリゴマー形成によるin vitro細胞死モデルを構築し、Aβ凝集体と細胞死との関連性を解析した。さらに、AD発症初期から特異的な細胞死がみられるアセチルコリン作動性神経細胞をヒト人工多能性幹(iPS)細胞から分化誘導し、AD病態をより反映した細胞死モデルの構築に応用した。
【方法】中性条件下でpH click Aβの経時的な凝集状態をWestern blot法で解析した。ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞やヒトiPS細胞由来アセチルコリン作動性神経細胞にpH click Aβを処置し、細胞生存率をWST-8 assayにて測定し、細胞形態は共焦点レーザー顕微鏡を用いて解析した。
【結果・考察】単量体とオリゴマーが存在するpH click AβをSH-SY5Y細胞へ処置したところ、Aβが細胞に強固に接着して細胞死が誘導された。一方、予め線維化させたAβを処置するとAβの接着は確認できず、細胞死も誘導されなかった。ヒトiPS細胞由来アセチルコリン作動性神経細胞への分化誘導では、誘導から35日目においてコリンアセチルトランスフェラーゼの発現が確認され、その分化が確認できた。そこで、ヒトiPS細胞由来アセチルコリン作動性神経細胞にpH click Aβを処置したところ、Aβ接着による軸索の分断、さらにはAβの濃度依存的な細胞死が誘導された。以上より、Aβオリゴマーの神経毒性にはAβと神経細胞との接着が関与していることが示唆された。今回構築したヒトAD病態をより反映した細胞死モデルは、オリゴマー仮説による細胞死機序の解明やAβオリゴマーを標的とした新規治療薬開発に応用されることが期待される。