【目的】
バンコマイシン(VCM)は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症に対する標準治療薬である。VCMによる腎障害の発症は血中濃度に依存するため、薬物治療モニタリング(TDM)が有用である。しかし、TDM単独での完全な抑制は困難であり、新規予防法の開発が求められている。本研究では、ビッグデータ解析を活用したドラックリポジショニング手法により、VCM関連腎障害(VIN)予防薬候補の探索、およびその薬剤の有効性を検証する基礎的実験と臨床研究を行った。
【方法】
(1)ビッグデータ解析:遺伝子発現データベース(LINCS)を用いて、VINによる遺伝子発現変化を打ち消す既存承認薬を探索した。また、LINCS解析で抽出された薬剤のVIN発症に及ぼす影響をFDA有害事象自発報告データベース(FAERS)により解析した。
(2) 基礎的実験:予防薬候補のVINに対する効果をVINモデルマウスで評価した。血清クレアチニン濃度(SCr)、血液尿素窒素(BUN)、尿細管障害度スコアを用いてVINを評価した。
(3)臨床研究:2006年1月~2019年3月に徳島大学病院においてVCMを使用した1115症例を対象に、VINに対する候補薬の有効性およびVCMの薬物動態に対する影響を評価した (倫理委員会承認済み)。
【結果】
(1) ビッグデータ解析:LINCS解析により既存承認薬8種類が抽出された。そのうち同種同効薬である薬剤AおよびBは、FAERS解析においてもVINリスクを低下させた。2つのデータベースから共通して抽出された薬剤AおよびBを予防薬候補とした。
(2)基礎的実験:薬剤AおよびBは、VINモデルマウスにおけるSCr、BUN、尿細管障害度スコアの上昇を有意に抑制した。また、候補薬の腎障害抑制効果が示された。
(3) 臨床研究:薬剤AまたはBの併用群におけるVIN発症率は、非併用群よりも有意に低く(7.7% vs 16.8 %, P<0.05)、この現象は傾向スコア解析でも確認された (併用群8.1% vs 非併用群21.6%, P<0.05)。また、併用群と非併用群の2群間において、VCMクリアランスおよび分布容積は差を認めなかった。
【結論】
ビッグデータ解析により抽出した既存承認薬AおよびBは、VINの抑制に有用であることが示された。得られた候補薬は、VIN予防薬になり得ることが示唆された。